鉄道巡検・旅行録

鉄道巡検録と鉄道旅行録を掲載します。

日本一周旅行後編⑦

 

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本日は大移動となります。

 

この辺の始発は早いので、それに合わせて起床です。少し早く起きて津山の鉄道遺構を見学します。津山駅にはかつて使われた扇形の車庫と転車台が残されているのですが、外側から詳しく確認はできませんでした。日中は津山まなびの鉄道館という施設からその様子を見学できるみたいです。

朝焼けの津山運転区です。

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この線路の逆側に転写台と車庫があります。

是非とも見ていきたかったですが、日程もきついので始発に乗って行きます。

 

姫新線(津山~新見)

今回の旅でもこの区間はかなりボトルネックとなっているところで一日に6本と本数が少ない区間です。それもそのはずで、中国地方を横に貫く路線の丁度中央に位置しており、非常に沿線人口も希薄なところです。

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車内で朝食です。気を使わなければならないほど人もいません。

二時間ほどの乗車で新見につきます。そこまで距離が長くないのに時間がかかりました。これはJR西日本が保線費用削減のために、通過する列車に過剰な速度制限を設ける必殺徐行と呼ばれている運転によるものです。線路の消耗を抑えるための徐行ということです。途中の中国勝山からは完全に山です。山間というか山です。そりゃ勝山っていうんだから山でしょう。中国山地そのものです。

 

伯備線(新見~倉敷)

新見からは特急やくも号で山陽本線を目指します。

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国鉄型の邂逅です。やくもは数少なくなった国鉄型特急で貴重な乗車経験になります。

伯備線は陰陽連絡線の中では一番に栄えた路線であると思っていて、サンライズ出雲もこの路線を走り出雲を目指します。一時期の山陽本線不通時には貨物列車の迂回経路としても使われる有数の路線です。なんといっても全線電化の路線ですので、今までの路線との差を感じてしまいます。

倉敷までは高梁川沿いを一時間ほどで走破します。途中の総社で岡山までを別経路で結ぶ吉備線が分岐しているようなところを通ります。吉備線は短い路線ですが結構沿線人口が多いところで線路改修で度々話題にあがるようなところです。また総社は福山方面に向かう井原鉄道という路線が乗り入れているようなところでもあります。

総社からまもなくすると倉敷に到着です。

 

倉敷は一度観光に訪れましたが、写真を撮っていなかったので美観地区に向かいます。

駅からは徒歩15分ほどでその街並みが見えてきます。

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このような古い建造物群を見ることができます。

f:id:Banksisland404:20220129160955j:plain細い通りまで立派な建物です。

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この地区は古くからこの川での水運が盛んでした。瀬戸内海からずっと川を上り、米などを運んでいたらしいです。その水運の拠点として倉敷の一部の地区を幕領として、幕府が直接管理していました。その影響でお金持ちがこの地区に住んでいたので、立派な建物を建てることができ、今もなおその姿が残っているらしいです。

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一定時間ごとにこの川を往復する遊覧船が出ています。街並みをゆっくり見ることができておすすめです。ガイドの方が先ほどのよりも詳しい解説をしてくれます。

 

撮影を終えたらば倉敷駅まで戻り、列車に乗ります。

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列車が混んでそうだったので、待ち時間で昼ごはんを食べました。

 

山陽本線(中庄~三原)

倉敷からは追加運賃を払い一度岡山方面に一駅行きます。中庄という駅の先端で列車の写真を撮ります。この日は何故かこの撮影地は賑わっていました。

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まずは相生行き113系4両編成が来ました。

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お次は赤穂線経由の播州赤穂行きが来ました。

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いる側のホームに貨物列車がやって来ました。緑色の福山通運のコンテナが目立ちます。

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117系がやって来ました。影落ちしていますがかっこいいです。

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普通列車なのでこの駅にも止まって行きます。

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お次はやくもが通過していきました。対向からはギリギリ被るかどうかというタイミングで貨物列車が来ています。

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その貨物列車です。なかなかいい感じに撮れたと思います。

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最後に117系です。これが一番いいショットかなと思います。117系国鉄型の中でも結構好きな列車なので撮れてよかったです。

 

ここからは普通列車に乗り込み広島を目指していきます。工業地帯の間を抜けるように列車進んで行くと福山に到着です。福山からは塩町とを結ぶ福塩線など分岐しているところで、福山の市街を抜けて海にでると尾道に到着です。尾道からは海沿いの工業地帯沿いに数駅進むとこの列車の終点である三原に到着です。

 

第34県目:広島県

三原からは一旦山陽本線から外れ、海沿いを行く路線に乗ります。

呉線山陽本線(三原~海田市~広島)

呉線は内陸を通り広島を目指す山陽本線とは対象に海沿いを通り広島を目指します。その沿線には呉の軍港や軍事施設が多く重要な路線とされていたと同時に、山陽本線では瀬の八と呼ばれるきつい勾配区間があったため、山陽本線とのバイパスとしても機能しました。広島は日清戦争時に大本営が置かれるなど、軍事的に非常に重要な役割を担っており、現在でも有数の都市として三大都市に続く札仙広福の一角を担うような場所です。途中の広までは都市間鉄道といった感じですが、広を過ぎると広島方面への列車が多く優等列車なども発着していて一大都市に入ってきたことを感じることができます。

本日の呉線は先日の豪雨災害で不通区間が発生しており、代行バスによる振り替え輸送が行われていました。三原からいきなりのバス乗車を余儀なくされ、6駅先の竹原まで並行する国道を走ります。呉線は以前にも乗車経験があったので未乗区間となることはありませんでした。40分ほどで終点に到着し、そこから列車にて進んで行きます。竹原からは広行の列車でい時間ほど海を眺めながらの乗車です。広からは呉市の市街が始まるとともに、快速列車に乗り換えていきます。

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快速列車には安芸路ライナーと呼ばれる愛称がついておりまして、軽快に飛ばしてくれます。再び一時間くらいの乗車で広島に到着しました。

 

広島にはまた来るので、今回は間髪入れずに乗り換えスキップです。

 

芸備線(広島~備中神代)

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広島からは長い長い芸備線の旅が始まります。何回か乗り継ぎを行いはしますが、実に約六時間ほどの乗車となる見込みで、食料の補給を行いました。

乗り込んだのは快速みよしライナーです。おそらく急行からの格下げで快速列車になった影響で、快速の愛称が各地に残っているのだろうなと思いますが、どうでしょうか。

編成が長いこともあってか空いていたので、列車が動き出したのを確認して間食としました。

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言っても本日はほとんど座っているだけの日程なので、エネルギーなんてそこまで必要いりません。あることに越したことはないですが節約です。

列車は出発すると北に進路を取るようにカーブします。しばらく川を挟んで可部線が平行しているようなところもありますが、お互いの車内からは確認できません。上深川を過ぎるといよいよ山越えといった感じの車窓になります。芸備線は度々部分的に路線を廃止する案が取り立たされており、非常に沿線人口が希薄な部分を通ります。とはいえ学生を中心にまだまだ乗客は多い方です。一時間半ほど走ると、山間の町である三次に到着です。三次は塩町から乗り入れてきた福塩線のターミナルとなっているなど、この周辺ではそこそこ大き目の町です。ジャンクション機能も有していて乗換にも便利かと思われますが、乗り換えに使う方はそこまで多くないと思われます。というとこの先の芸備線はどんどん人口が少ない地域に突入します。

三次からは備後落合行きの普通列車に乗るのですが、この区間は一日に4本しか列車がない区間で、必殺徐行など織り交ぜながら列車は進んで行きます。途中で一応町などあるのですが、利便性の悪さから鉄道は完全敗北UCした様子です。

一時間ほどで終点の備後落合に到着しました。時刻はすでに6時を回っており、あたりは真っ暗になってしまいましたが駅に着くや否や明るくなります。逆に言うと駅に着くまでは沿線に明かりは見られません。そんな中にある備後落合の駅に放り出されます。

駅舎を出てみるとあたり一面なにもありません。くそ緑ども言えず、車が一台も通らない道路が隣にありますが街頭は一本もないです。先ほどの到着列車は折り返しの運用で発車してしまい、この駅には本当に私一人となりました。一応この場所は木次線との乗り換え地点になっているのですが、列車の本数は圧倒的に少ないので乗り換えのお客さんなど0人です。完全にオフ会0人と化し、ここで裸になったとしてもだれにも取り締まられることはありません。幼少期の親が外出した時の留守番を思い出すような解放感すらあります。そんなところで一時間半も乗換待ちがあります。特段することもなかったのでネット麻雀で暇をつぶしました。希薄ながらも電波が入るのが救いで、調べものなどはできなかったですが、麻雀くらいならできました。

そうこうしていると折り返しの列車が入ってきました。言い忘れていましたが、これから乗る区間は一日に列車が3本と先ほどよりもひどい区間になっております。あまり人がいなさすぎるので、乗ってきた運転手さんに話しかけていただき、少しお話をしました。長旅だということを言わずともわかっていたような感じでねぎらいの言葉を頂きました。その運転手さんがこの列車を担当することは自明だったため、こちらもお仕事お疲れ様ですという感じでした。なんせこの駅には二人きりなもんですから謎の連帯感すらありました。

列車はしばらくの停車を挟み発車しました。たしかこの列車の中には折り返しの客が一人いたかいないか忘れてしまいましたが、気になることすらありませんでした。ここから一時間ほど列車にのり、備中神代に向かうのですが沿線には町と呼べるレベルの駅はありません。行っちゃ申し訳ないですが、なぜ止まっているのか意味がわからなくなるレベルです。本当にただの山の中を線路があるだけというような場所を進みます。多分暗かったのでそう見えただけ説はありますが、見えたとしてもたかが知れているでしょう。おそらく次の廃線木次線芸備線のこの区間になるだろうなと思います。

一時間ほど乗ると備中神代に到着です。この列車はこのまま伯備線に乗り入れ新見まで行く列車なので、終点まで乗車していきす。追加運賃が必要ですがこれによって伯備線に未乗区間が残ることはありません。この廃線候補区間に乗れたことは貴重な経験だったと思います。

 

伯備線山陰本線(新見~伯耆大山~米子)

新見からは再び伯備線ですが朝とは違い北行きの列車に乗って行きます。出発した列車は備中神代までは先ほどと同じルートを通り、そこからは大きくカーブし芸備線と離れて進んで行きます。電車が走っているところに来ただけで安心感すらあります。この乗車で四国山地編が終了すると思うと長かったな思いますが、本当に貴重な経験です。

一時間半ほど乗ると山陰本線との合流地点である伯耆大山に到着です。ここからは普通列車も含めたほとんどの列車が米子まで山陰本線に乗り入れます。そこから数駅で終点の米子に到着です。

 

米子にはドロシーという便利なネカフェが駅前にあったのですが、閉業したしまったみたいで、以前も止まったことのある後藤駅付近の快活まであることになりました。

 

これにて本日の行程は終了となりました。