鉄道巡検・旅行録

鉄道巡検録と鉄道旅行録を掲載します。

日本一周旅行前編⑪

 

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移動のリザルトがあったので先に見せておきます。これを見るのと見ないとでは記事の分かり易さが段違いだと思うので、できれば見せていきたいところです。

 

本日は少し駅から藩れた快活クラブからのスタートです。5時前に出発してぼーっと歩きました。

 

磐越西線信越本線(会津若松~新津~新潟)

五時半始発の列車に乗り込み新潟を目指します。スイッチバック構造の会津若松を出ると数駅分北に進み喜多方ラーメンで有名な喜多方に到着です。この時間帯の列車は普通列車なのに喜多方までは快速のような運転をして駅を飛ばします。喜多方からは西に進路を変え山岳区間に入ります。線形も阿賀川に沿ってだいぶぐねぐねしてきました。このあたりでワイヤレスイヤホンの右耳をネットカフェに忘れて来たことに気づきました。当時はネットカフェという確証を持てず、電話するには至らなかったのですが、普通にすればよかったです。ネットカフェじゃないにしろ電話すればよかったなぁと思いますが何故かしませんでした。一応ワイレスイヤホンは二台持ちですし、有線イヤホンも持ってきていたので特段支障はありませんでしたが、未だに右耳だけ一個少ない状態で使用しています。そんなこんなで列車はどんどん進んでいきます。もうここらは新津までは大き目の町はありません。沿線風景は米坂線を思い出すような感じです。会津を出てから二時間半で新津に到着です。磐越西線はここまでなのですが、この列車は信越本線に乗り入れ新潟まで進みます。一応羽越本線は新津が起点になっていて終点と起点の合流地点ですが、お互いが乗り入れすることはなく、両方とも信越本線に乗り入れる形になっています。信越本線が短くなったこのご時世では信越本線といえばこの辺りに思い出しますね。新津からは20分ほど北に走りまして、最後は一大ターミナルに新潟の手前でカーブし終点につきました。

 

今回は切符の指示では新津で逆方面の信越本線に乗るのですが、撮影のためにここまで来ました。

 

白新線(新潟~東新潟)

新潟から白新線で一駅行き、お目当ての列車が来るまで撮影です。

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まずは二両が来ました。新潟の近郊と言えばこの模様です。

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お次は4両が来ました。少しバランスを考えなければならないなと思いました。後ろの貨物ターミナルが見えてるのも味があります。

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お目当ての列車が来ました。海里です。この列車は詳しくは羽越本線で解説しますが、古くなったきらきら羽越の代わりに登場した観光列車です。この見た目と電化非電化問わずどこでも走れるという特性が好きで乗ってみた車両でもあります。まずは撮影だけでもと白新線区間で待ち構えましたが、曇りでした。曇っていてもライトのかっこいい光方が目立ってよく感じました。車両がかっこよければ天候問わずいい撮影ができますね。

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後追いで東新潟を通過する列車を撮りました。本当はもっと一級の撮影地で撮りたかったのですが、時間の関係で今回の旅では不可能でした。またいつかご縁があるといいなと思っています。

この後は白新線にて新潟まで戻りました。

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新潟で時間があったので列車を撮ってみました。新潟はかなりおおきな駅で様々な列車が来ます。液晶で色付きの普通と行先ではなく信越線と書いてあるのが印象的です。この区間は近郊列車が多数あるのですが、新津に向かう列車はそれほど多くなく20分ほど待ちましてやっと発車です。先ほどと同じルートで新津まで戻りました。

 

新津では久しぶりの観光と行きます。

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市民センターでレンタサイクルを借り新津鉄道資料館へと向かいました。このレンタサイクルは確か100円か無料だったかかなり安く借りれました。多分無料だったと思います。自転車だとほんの数分で着くのでとても便利でオススメです。

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新津は昔から越後の一大ターミナルとして栄えており、その歴史的物たちが資料館に保存されています。これはおそらく上越新幹線を走った100系新幹線と機関車です。上越市幹線が新津を経由しなかった関係で、現在は衰退気味と書かれていましたが、今でもJR東の重要施設が付近にある関係でマニア的には重要な場所となっています。

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久しぶりの自撮りです。自販機の前で余裕のドヤ顔。詳しくは動画にて説明しようと思いますが、とても興味深い資料がたくさんありました。新津のみならず新潟や越後エリアとしての重要性がわかるような施設でした。

二時間足らずで見学を終え、再びチャリで新津駅まで戻した。新津付近にはこの資料館の関連施設が結構あって、グッズを変えたりここでもチャリを貸しているみたいです。

駅前のデイリーヤマザキで昼ごはんを買い、列車に乗り込みました。

 

信越本線(新津~長岡)

今回は信越本線の上り列車で南下していきます。先ほど述べたようにこの路線は新幹線の並行在来線となったことで一部区間第三セクターに移管されて短くなりました。それもあってこの旅でも柏崎までの区間しか乗らないので、ここで解説していきます。

信越本線は鉄道開業初期の中山道鉄道計画と深く関係している路線です。もともと東京と大阪を結ぶ鉄道は東海道線ではなく、中山道を行く鉄道にする計画でした。それは東海道は既に交通の便がまぁまぁよかったのに対し、中山道は酷かったので沿線の開発に対して期待値が大きかったことが一つ。それと東海道はどうしても海沿いになるので国防の観点でも中山道がいいと言われていました。それもあって官営の新橋から横浜に続いて民営の日本鉄道の最初の路線として上野から熊谷にて鉄道運行を始めました。そして時期に日本鉄道は前橋までの路線を開通させるのですが、高崎からは本格的に中仙道線を作るべく軽井沢までのトンネルを掘り始めました。しかし当初の官営鉄道の予算では中仙道線をつくることは不可能との結論が出てしまいました。技術的にも大変難工事になるとのことで、中仙道線はストップしました。しかし後にこの路線を活用し長野など経由し日本海側へのアクセス鉄道を建設しようという動きになります。そのころには国鉄も大分予算が増えており、路線網が様々なところに伸びていました。旧線も含めた信越本線の地図を見るとこの経緯が一目瞭然の線形をしているので改めてみてみると面白いです。

軽井沢からは川に沿って北上し、直江津日本海に出てそのまま海沿いに新潟まで行く路線として活躍していました。後に建設技術が向上し、信越本線が迂回するようになっていた谷川岳を貫く上越線が開業し、東京から新潟へのアクセス路線としてはそちらの路線が使われるようになりました。しかし長らく長野方面へのアクセス鉄道として使われており、碓氷峠には国鉄一勾配がキツい区間があることでも知られ、追加の機関車をつないぐ時間を活用して駅弁を売る文化が根付くなど鉄道の歴史に色濃く残る路線です。因みにその駅弁が有名な峠の釜めしです。そんな路線に今回の旅で少ししか乗ることができないのは少し寂しいです。現在は高崎から碓氷峠の手前の横川までと長野から篠ノ井線と接続する篠ノ井までのわずかな区間、そして直江津から柏崎を経由して新潟までの三つの区間に分断されてしまいました。残っている軽井沢から篠ノ井までの区間と長野から直江津までの区間しなの鉄道に移管されました。関係のないところまでだいぶ話してしまいましたが、結構好きな路線なので長々と書かせていただきました。中仙道線が実現していた場合など妄想してみると面白いです。

 

そんなこんなで新潟の田園風景を列車は進んでいきます。田園風景ですが近郊区間でもあり民家結構たくさんあります。そんなところを十数駅進んでいくと新幹線と交差している長岡に到着です。この長岡は宮内から乗り入れてくる上越線の終点でもありまして一大ジャンクションにもなっています。今乗ってきた区間も一歩間違ったら並行在来線になっていたんはないかと思うと震えますね。ならなかった理由は上越線のとこで一緒に紹介しようと思います。

 

上越新幹線(長岡~新潟)

長岡からは新幹線に戻り再び新潟に戻っていきます。地図で見るとジグザグのように移動することで最長ルートを形成しています。この区間は最長補完計画によりちょうど未乗の区間でうまく乗ることができました。さきほど在来線で見た形式と同じような田園風景を見ながら下っていきます。終点の新潟は上越新幹線のターミナルとなっておりまして、そのまま日本海沿いを北上していく特急いなほに楽に乗り換えられるような構造になっています。これは近年の新潟駅改修で改造され便利になった新潟駅の姿です。マニアのひいき目で見ても実現することがなさそうな羽越新幹線計画の代わりにはなりませんが、同じようなルートを通る特急いなほを便利にしようという動きはとても素晴らしいと思います。

在来線では一時間以上かかった区間を30分足らずで走破する新幹線は本当にすごいなと思います。

 

新潟では丁度2021年秋に上越新幹線でラストランを迎えるE4系のMaxのグッズが売っていたので買いました。

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ラストランスムージーと下敷きを買いました。二階建ての新幹線車両が全廃になるということで一つの時代の終りを感じます。廃車にならなければまだまだ活躍の道があると僕は思っているのでぜひとも動態で保存してほしいところです。

 

越後線(新潟~柏崎)

ここからは近郊ろローカル線である越後線に乗って行きます。矛盾していることを言っているようですが雰囲気そんな感じです。近郊ですがほとんど各駅停車しかないので結構時間がかかります。

この路線は一度乗り通してはいますが、空いていたので弁当を食べながら乗った思い出があります。本日は14時台の下校と重なっていいたこともあり、少し混んでいる状態で新潟を発車しました。おそらく先ほど乗った白新線の数駅先から来たであろう列車の乗り込み列車は住宅街を進んでいきます。

乗り降りなど結構盛んな区間もありながら数十駅を一時間ほどかけて進みこの列車の終点の吉田に到着しました。ここでビデオカメラのメモリーカードを買い足すために降りたんですがコンビニが結構遠くて困りましたが結局歩きました。本当に家しかないです。

急ぎ足で戻り柏崎行きの列車に乗り換えました。

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これから乗る列車はJKワイパーと呼ばれている列車です。これはテッシュの箱の色が非常に似ていてつかられたあだ名です。キムワイプもいたのですが、最近引退したみたいです。JKワイパーももう長くはないかもしれません。気になる人は検索してみてください。

吉田では弥彦線と接続していて、そちらは燕や三条に行く路線です。以前の記事に出てきていると思う出のそちらの方をご参照ください。

列車は一時間ほど海がちょうど見えないくらいの内陸をずっと走りまして終点の柏崎です。後半は空いていて結構ゆったり乗ることができました。車窓は特筆するべきものはまだ明るかったのですが特になかったです。強いて言えば徐々に沈んでいく夕日が見えましたがまだ空は赤く染まってはいませんでした。

 

信越本線(柏崎~宮内)

本日は新潟の栄えている鉄道を活かして遅くまで列車に乗って行きます。もうすでに五時を回っていますがまだまだです。先ほど紹介しました信越本線を今度は逆側から攻めまして上越線との乗換駅を目指します。越後線と打って変わって信越線のこの辺りは山岳区間に近いようなところです。40分ほどそこを進んでいくと宮内につきます。長岡の一つ手前の駅ちょうど上越線に乗り換えられるようになっています。

宮内は昔乗り換えの時にメガネのバンドを線路に落としてしまった駅です。昔はメガネにスポーツ用のバンドを常用でつけておりまして、その長さを調節しているところ誤って線路にバンドを落としてしまいました。駅員などに相談してもよかったのですが、旅程を優先しバンドを見捨てました。その記憶が蘇り同じ個所を確認してみるも当然それはありませんでした。強い雨風によってどっかにいったか何者かに回収されたかは全くわかりませんが、勝手に前者を想像して長い年月が経ったことを思い知らされました。

 

上越線(宮内~越後川口)

宮内からは上越線です。とはいっても飯山線に乗り換えるまでの20分ほどの乗車でメインの区間ではありません。末端の数駅を乗るだけですので解説は後にします。

列車は信濃川の川沿いを越後川口まで進みます。途中小千谷など水力発電で有名な場所など通りますが、飯山線とのつながりが深いのでその時に解説します。越後川口は文字通り川の口になっているところで、上越線はここで信濃川から分かれる魚野川に沿って行きます。一方これから乗る飯山線はこのまま信濃川沿いを行く路線です。

 

飯山線(越後川口~飯山)

観光路線としても知られている飯山線を進んでいくのですが、この時間帯はあまりいい列車がなく、飯山まで行くのに二回も乗り換えなければいけません。日中では通しの普通列車や観光需要もある快速おいこっとなど走っています。おいこっとはTOKYOを逆から読んだものでローカル線を快速で走る珍しい列車です。これは先ほども述べた水力発電に関連しています。小千谷にはJRが信濃川を利用して自前で発電している水力発電所があるのですが、その発電所が規定されている取水量以上の取水を長い間していたみたいです。その関係で信濃川の水の量が減り、漁師が廃業に追い込まれるなどあったそうですが、JRは適性な取水量とこの不正を隠蔽していました。しかしそれが明るみになってしまい、発電の許可が取り消されてしまいました。この発電所はJR東の約1/4もの電力を供給していたので、首都圏を含め列車を間引く事態にも発展しかけましたが、必死の火力発電と電力購入で間に合わせました。翌年までには地元の自治体との協議が行われ、発電が再開されました。この協議の中で生まれたのが先ほどのおいこっとだと言う説もあり、廃止したくてもできないという噂を聞いたことがあります。

そんな場所を30分ほど進むと終点の十日町に到着です。十日町では北越急行ほくほく線に乗り換えができるところです。北越急行は新幹線ができるまでははくたかなど走り東京からの需要もある越後湯沢から金沢方面の輸送を担っている三セクの中でも有数の黒字会社でした。しかし新幹線ができて特急が廃止になると一気に赤字に転落したみたいですが、それまでの貯金と投資によって赤字額を圧縮してるみたいです。そのおかげで観光列車の運行や現在でも地域に密着した列車の運行を可能にしています。ローカル線の中でもお手本になるような経営だなと感じます。当時の特急は160km運転の超特急だったのですが、現在でも観光向けの快速列車が高速で走る様子が確認できます。この路線は直江津から犀潟信越本線と分岐し、十日町を経由し魚沼地区である上越線の六日町を結んでいますが、今回は乗ることはできません。

十日町からは再び普通列車で先を目指します。この列車で一時間半ほど暗い中を信濃川沿いに進んでいきます。途中長野県との県境を越えると千曲川に名前が変わりますが、路線はそのまま進んでいきます。しばらくすると終点の戸狩野沢温泉に到着です。

こここは野沢菜で有名な温泉地の最寄り駅ではあるのですが、現在はここからバスなど出ておらず、アクセスすることはできません。野沢温泉に行く際は飯山からのアクセスがメジャーとなっているようです。

野沢温泉からは10分ほど長野行きの普通列車に乗りまして、飯山で途中下車します。これから新幹線に乗るので、長野まで行ってそこから乗ってもよかったのですが、飯山線は途中の豊野から三セクの路線になってしまうので費用がかなり余計にかかってしまうのと、最長補完計画では埋めなかった新幹線部分ですが乗る計画があったので今回は行かないことにしました。

 

第10県目:長野県

北陸新幹線(飯山~糸魚川)

列車乗りまくりようやく本日最後の乗車となりました。飯山を新幹線で利用する人はこの時間帯だとほとんどいないみたいで、駅員をベルで呼び出しての改札となりました。ほとんどいないわけではないかもしれませんが、いてもだいたいは自動改札で済んでしまうということでしょう。

ここからははくたかに乗って日本海側のJR接続駅を目指します。並行在来線がJRならばおそらくルートは変わっていたでしょう。

列車は発車し再び新潟に入るのですが、大きな街である直江津は通らずかなり無理やりなカーブで糸魚川に向かっていきます。途中の上越妙高から西日本区間に入るのですが、このあたりの並行在来線は三セク移管の条件がかなりきつい状態で、新潟県が涙を呑んで受け入れた過去があります。新幹線は直江津を経由しないのに何故か並行在来線直江津から始まっており、信越本線が移管されたことにより長野とつながりの強かった直江津以北の地域も分断される形になりました。直江津以北には先ほどの越後線など大きな街も抱えており、新潟県が鉄道の将来を思ってこの問題を受け入れたおかげで北陸本線が開通にこぎつけたといっても過言ではありません。そんなこんなでトンネルをいくつも超えていくと糸魚川に到着しました。

 

糸魚川フォッサマグナと呼ばれる東日本と西日本の境目となる地溝帯の一角となっていような場所ですが、駅が海にかなり近い場所にあります。海の近くには公園が結構あるので、今日はそこのテントを張って野宿しようと思います。

 

ようやく一周前半が終盤になってきました。次の記事も是非たのしんでください。