日本一周旅行後編①
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本日は東京からのスタートです。昼からのスタートになってしまったわけは中編の最後をご覧ください。
①横浜線(八王子~新横浜)
まず第一路線目は横浜線です。これから新幹線に乗るのですが、指定ルートの縛りで新横浜での乗車となります。
横浜線は横浜鉄道という会社が八王子や甲州でとれた生糸を運搬するために建設した路線です。その後国有化を経てJR東のドル箱路線と言われるまでに成長しました。
横浜線にて新横浜まで行きます。
➁東海道新幹線(新横浜~小田原)
皆さんお馴染みの東海道新幹線に乗車です。今回は小田原で降りるのでこだまになりました。昨日乗車した東海道本線の国府津駅を回避するために新幹線ルートとなっています。
こだまには初めて乗る気がします。新横浜からは一駅で小田原についてしまうので、退避などこだま感を感じることは少なかったですが、いつも通過する小田原に停まるとなんか変な感じです。
③東海道本線(小田原~三島)
小田原からは在来線で三島まで進みます。この区間はより距離の長い在来線に乗り換えなければなりません。真鶴あたりは海が綺麗列車から見えることで有名です。熱海を超えるとまもなく丹那トンネルに入ります。このトンネルの建設のおかげで、箱根峠を北川に迂回しなくても沼津へ行けるようになり、御殿場線を別線とすることになりました。トンネルが終わるとすぐ函南の駅に着きます。トンネル中は圏外ですので、トンネルを出たところで一斉に乗客が携帯を触りだす光景は面白いです。函南を出ると再びトンネルに入りますがすぐ抜けて三島に到着です。
④東海道新幹線(三島~静岡)
ここからは再び先日乗車した区間との重複を避けるために新幹線です。この新在をうまく乗って行くことで、同じ駅をふまずにこの地域を二回通れるようになっているのはうまいこといっているルートだなと思います。この列車で一気に静岡まで行きます。三島から静岡までは在来線に乗り換えられる駅が一つもありません。ひかりを一時間ほど乗ると静岡に到着です。
乗り換えのわずかな間にそばを頂きました。
⑤東海道本線(静岡~豊橋)
再び在来線に乗り換え西に進みます。ここからはいよいよ18切符感も漂ってくるような旅となってきました。しかし西に進むにつれこの先の区間に抱えていた不安が募っていきます。この日は大雨により飯田線に不通区間が発生していました。これは一時的なもので、到着するまでに再開すればいいなと思っていましたが、徐々にその被害がただものではないことがわかっていきます。この辺りではもう行程通りの旅行は難しいとの見解で車内で情報の収集に努めました。
当時の注意報と警報のマップです。これは終わった。
すると徐々に運行の再開には数週間かかるとの見込みが発表されます。ついでに中央本線も被災しているとのことで、未乗区間を放棄し先に進むか、復旧まで旅行を中断するかの二択を迫られました。最長ルートを完璧にこなすならば後者以外に選択肢がなく、折衷案として普通区間のみレンタカーやタクシーにて代行する案もありました。完全復旧まで旅行を中断すれば、おそらく一か月程度、ながければニ、三か月は旅行を再開できなくなってしまいます。現実的にその案はコスパの観点からも第一に不可能とされました。
折衷案の図式です。赤が不通区間です。かなり長いことがわかります。この先の経路にもろ被りです。
実際のマップでは数通り試案がありました。
しかし最終的には第三の選択しである未乗区間の放棄が選択されました。折衷案で行ったとしても、果たしてそれは最長ルートを完遂したと言えるのだろうか?結局乗ってないことには変わらないではないかという事実が一つと、これから先のくかんで同じような事象が起こることがわかっていて、最長ルートに完全に縛られているままでよい旅行ができるのだろうか。ということを考えた結果、旅のコンセプトを「最長片道切符の旅」から「日本一周旅行」に変更し、切符は日本一周の手段として捉えることで旅行を続けていこうと決定しました。
この辺りで列車は浜松につきました。ここからは豊橋行きの列車で豊橋へと向かいます。
先ほどの決断は肩のおおきな荷が下りたと感じた同時にどこかノスタルジックな気持ちにすらなりました。
この大きな決断が行われ、後半の一日目にしてこの旅行は転換点を迎えました。
いろんな気持ちを抱えたまま列車は豊橋につきました。
30分ほどかかりましたが一瞬に思えました。
第21県目:愛知県
最長ルートはここで飯田線に乗り換え豊川方面へ行き、辰野で中央本線に乗り換え、そのまま中央線にて名古屋に下るルートでしたが、今回はそのまま名古屋へと進んでいきます。
⑥東海道本線(豊橋~名古屋)
出来ほどの引き続きですが、便宜上一度区間を区切らせていただきました。この区間は一応振り替え輸送という形になっています。
豊橋からは俗にJR静岡と呼ばれている区間が終わり、転換クロスシートの快適車両に乗ることができます。
今回乗るのは新快速です。新快速とえいばJR西の東海道、山陽本線で運行されているものが有名ですが、東海の東海道線区間でも運行されています。もともと駅間が長い東海道線ですが、多くの駅をぶっとばして通過し、大垣までかなりの速さで行くことができます。
豊橋から名古屋までは50分ほどで、停車駅は7つしかありません。大雨の中本でも読みながら進みました。
名古屋ではあおなみ線に乗り換え、リニア鉄道館というJR東海の鉄道博物館のような施設に行きます。こんな雨模様の日は博物館や美術館の観光にもってこいです。
あおなみ線で25分行くと終点の金城ふ頭に到着です。今は三セク路線ですが、かつては貨物列車が多く運行されていたJRの路線でした。そのような点ではりんかい線と結構似ているかもしれません。
まず博物館に入ってお出迎えしてくれるのは、時代を変えた試験車両たちです。
ライトアップされていていい雰囲気でした。
後ろのムービーは一定時間ごとに流されているみたいです。
奥の部屋に行くと旅客列車の姿もありました。
さらに奥に行くと在来線もいましたが、あまり詳しくないのでまだまだ勉強が必要だと思いました。
撮影禁止のゾーンなどもあり、日本の鉄道の歴史を存分に味わうことができました。そして将来の鉄道の姿も垣間見ることができました。
L0系のジオラマです。リニア開通が待ち遠しい。
東海道の物流の歴史こそ日本の交通の歴史と言っていいかもしれません。大宮の鉄道博物館と比べ規模は小さいですが、その分密度の高い見学ができました。
この後は早めに名古屋に戻り、豪華な晩飯をぱーっとやりました。
矢場とんは名古屋でも有名な味噌カツ屋です。これはヤバイほどうまい。名古屋に行ったら飯はこれに決まりです。
ここからは終電まで列車に乗り通します。
⑦関西本線(名古屋~亀山)
かつては名古屋大阪間の最短経路として栄えた関西本線に乗って行きます。しばらくは伊勢湾岸に進んでいきますが、現在では近鉄に敗北し、JRの列車にはもの悲しさが感じられます。一時間ほど暗闇の中を進み、乗り換えます。関西線には再び乗る機会がありますので、その時に解説をしようと思います。
第22県目:三重県
⑧紀勢本線(亀山~新宮)
ここからは紀勢本線で紀伊半島を一周します。まずは鳥羽行きの普通列車に乗り込み津を目指します。
つは日本一短い駅名でも知られていて、ひらがな表記でも一文字の駅名表を見ていると草生えます。
津からは特急列車乗り込み新宮を目指します。ワイドビュー南紀です。二時間半をかけ紀伊半島を南下していきます。伊勢や方面に行く路線や名松線などが分かれる松阪を過ぎると徐々に線形が悪くなっていき、ローカル線感が漂い始めます。特急が走っているんだから一大幹線じゃないかと思いますが、幹線の中でもなかなかな雰囲気です。
動画の編集などしながらの乗車でしたが、さながら夜行列車といった感じでした。23時すぎに新宮に到着し、この駅の列車は全て終わったようでした。
第23県目:和歌山県
新宮でぎりぎり和歌山県にはいっていて、三重県がごく僅かになってしまいましたが、伊勢など一度観光経験もあるしそのうち行くだろうなと思い、津の写真のみで終わりになってしまいました。次は鈴鹿サーキットとか行きたいっすね。
夜中になってしまいましたが、公園があるみたいなので観光しようと思い行きましたが、
コロナの関係で封鎖していました。再び感染者がふえてくるような時期で、首都圏を抜けといてよかったなと思う半面この先の不安もありました。
本日は別の公園にテントを張り宿泊です。
駅寝でもよかったのですが、なんか気が引けたのと横になりたかったのでテントになりました。コンクリよりなるべく芝生の方が寝心地がいいので公園に毎度張らしていただいています。
テント泊にしてはぐっすり眠り、激動の一日が終了しました。