今後の方針

ここまでブログを読んでいただいた方ありがとうございます。まだ読んでいない方はこの記事を読む前にはじめにから読んでもらえればよいのかなと思います。

 

ここまで十回ほど大型旅行の様子をお送りしましたが、これで大型旅行の記事は全て書き終わったことになります。ここからはこの先の旅行を書こうと思うのですが情勢も踏まえてそう簡単に旅行をすることはできないでしょう。

そこでいままで行ってきた小旅行の様子をお届けしようと思っています。小旅行は私が日帰りや一泊で行ってきた旅行で鉄道の内容が非常に多いものとなっています。よってそちらの記事は鉄道マニア向けのものと予想されますのでその旨をここに記しておこうというわけです。

とはいえ最長補完計画をやっといて肝心の最長切符の旅行をしないわけにはいかないので隙があれば敢行する予定ではありますのでご期待ください。もっとスケールのおおきな海外進出など考えてもいますので、旅行が奨励される状態となれば即座に旅行を開始しその状況をお伝えできる日を楽しみにしています。

その場合このブログの名前を変更しようと思うのですがなかなかいいのが思いつかず四苦八苦しています。

活動は積極的にしていくつもりですので、今後ともこのブログをよろしくお願います。

日本一周旅行前編③

今回は前回の続きの7/23からスタートです。➁を読んでいない方はそちらから読むか、目次から7/24まで飛ぶと分かり易いと思います。

 

タクシーから定刻で発車する空港行きバスを万感の思いで眺めているところに運転手がここからどこへ行きます?と聞いてきました。

そういえば自分が乗り遅れたときどうするか決まってなかったなと思いながら、この辺で安い宿はないか聞いてみました。この辺では安宿はなく一番安いところでも東横インなどのレベルになってしまうとのことで、自分の調査でもその通りでした。

今回初めて持ってきたテントが早速活躍するかなと考え、近くにキャンプ場があるか聞いてみました。市街にはないが少し離れたとこならあると回答を頂きまして、とりあえずそこまでお願いしました。調査通りでは網走の一駅隣駅から近かったので列車で行こうかなとも思いましたが、駅からは結構遠いとのことだったのでまぁタクシーに行ってもらうことにしました。よく考えれば駅で一旦降ろしてもらって歩いて行けばよかったと後悔しつつも、戻ってくださいとは言えないのでキャンプ場で降りることになりました。

レンタカーの店舗から駅までの送迎は本来無料なので、その差額をご丁寧に引いていただいた額を支払いました。車内で日本一周の話などしておしゃべりできたのでまぁ良いとしましょう。キャンプ場には結構人がいたので明日朝、初めてのヒッチハイクに挑戦しようとA4の裏紙を貰ってタクシーを見送りました。

結構本格的なキャンプ場でBBQをしている家族などもいました。そんな中アマゾンで2000円で買ったテントを張ってみました。

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思ってたより立派ですが背丈が低く、寝るくらいしかできないかんという印象でした。でもこれが2000円なら安いなと考え、一回でも宿代浮かしてくれれば御の字だとか思いながら休みました。

 

7/24

この日もあんまり寝ることはできませんでした。寝心地はそれほど悪くなかったですが、ぐっすり熟睡できるほどではありませんでした。寝れない間SNSでやりとりしてたこともあり、ウキウキで予定の時間よりも早くテントを撤収し歩いて網走駅へと向かいました。やっぱり行きも歩くべきだったな~と思いつつ、日もまだ出ていない湖畔を一時間ほど歩きました。北海道では積雪や濃霧がある関係上道路の端がわかるように光る矢印が設置されています。

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光る矢印とオレンジに染まる空を見ながら延々と歩きます。

沖縄の時に写真に写っていたと思いますが、今回はキャリーバッグとリュックの2wayのカバンを新調していました。このカバンがキャリーモードの時の持ち手がカブトムシの角みたいだったので友人にカブトムシと命名していただきました。今後はカブトムシ君と書かせていただきますが、カブトムシ君の活躍により一時間くらいの徒歩は全然苦になりませんでした。新しい道具が大活躍しました。

ウキウキで早く駅につきすぎてまだ待合室が空いてなかったので、近くのすき家で朝飯を食べ時間をつぶしました。これは完全に調子乗っちゃってます。旅行終盤の自分を見せてあげたいです。

それでも暇だったので駅で写真を撮りました。

f:id:Banksisland404:20210928092915j:plain縦書きの看板には横道にそれないようにとの想いがあったみたいです。これは納得。

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駅の外にこんなものがあったので自撮りしました。

今回から顔を隠すなら自撮りの意味がないという問題を解決すべく胸ポケにトレードマークをつけることにしました。実験的にメタナイトのヘアピンを切符落下防止を兼ねてつけました。なのに写ってないという失敗作です。

しばらくすると始発の改札が始まりましたが、乗る列車は何本かあとの列車なので待合室でうたたねしていました。

起きると既に改札の前に列ができていました。焦って並びましたが結構改札の開始まで待ちました。都会の人には改札のために待つということが想像に難しいと思いますが、田舎ではよくあることです。出発の数十分前にならないと改札が始まらないのでみんな待合室や改札の前で待機するのです。ここからついに孤独な旅が始まります。

 

釧網本線(網走~東釧路~釧路)

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釧網本線は網走から東釧路を結ぶ路線です。現在の起点は東釧路になっていますが、一昔前は網走が起点になっており、列車番号などにその名残があります。東釧路から先は根室本線乗り入れ釧路へ向かいます。

網走から札弦までの区間は網走本線として建設されました。釧路側から進められていた釧網本線と網走本線が繋がった際、釧網本線に網走本線が編入される形になりました。これにより網走本線は網走が網走が終点になり、釧網本線は現在の区間になりました。

網走本線については、その後の石北本線の開業によりまたもや編入が行われ網走から北見までの区間が削られ石北本線で紹介した形になったのでした。

網走駅を出てしばらく走り、網走市街を抜けるとオホーツク海に沿うように走ります。

ここから知床斜里までの区間は昨日車で走ったルートを重なるのでそれに思いをはせながら進みます。

途中の北浜には停車場と呼ばれる有名な喫茶店があります。ここは釧網本線オホーツク海に最も近づく地点でもあり、冬場は車窓からも流氷が見える区間です。

そのような区間を抜けるまたしばらく海沿いを走りまして知床斜里につきます。

この駅はもともと斜里駅という駅名だったのですが、知床が世界遺産に登録されたタイミングで知床観光の拠点になるということで駅名を変えました。実際ここでレンタカーを借りる案があったのですが、列車の乗り継ぎがうまくいかなかったので網走で借りることになりました。

知床斜里からはかつて斜里線と呼ばれるウトロ方面に伸びる簡易鉄道や標津町方面に伸びるはずだった根北線の一部区間など運行されていました。

知床斜里を出ると線路はぐにゃっと曲がり海沿いを離れ南下するようになります。

斜里岳を左に見ながら摩周駅のある弟子屈町を目指して山間を進みます。

この辺りは防雪のための鉄道林がびっしりでなかなか車窓を見ることが難しいです。

しばらくすると摩周に到着。この駅はもともと弟子屈駅だったらしいのですが、有名な摩周湖にちなんだ名前に変えることによって観光に活かそうということだそうです。

摩周駅を出ると車窓から牧場のようなものが見えたと思うと小岩井で有名な磯分内に停車。

磯分内を出ますと何やら車窓には一面の緑色の畑が広がります。

おそらく砂糖大根だと思われます。いわゆるテンサイってやつです。

そうこうしていると標茶につきます。ここはかつて中標津を経て標津町に至る標津線が分岐していた駅です。照り付ける太陽の中列車は颯爽と発車します。

標茶を出るとまもなく茅沼に到着です。茅沼からは車窓の西側に釧路湿原が見えるようになります。列車の車窓から見るには茅沼からの区間がもっともいい景色です。

良い景色を見ながらしばらくすると塘路につきます。

この辺までの区間でいくつかの列車とすれ違いましたが駅は忘れてしまったのでこの辺で紹介しておきます。

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まずルパン列車です。網走行なので監獄と絡めて面白い列車ですが行き先がこの写真からは見えないのがもったいないです。

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しれとこ摩周号です。駅を結構飛ばしますが所要時間は少し早くなる程度です。気持ち的にはだいぶ早く感じます。

塘路は観光列車である釧路湿原ノロッコ号の終着駅です。

観光列車はなぜか一番景色の良い区間を走りません。おそらくダイヤ上の制約があるものだと思われます。塘路を出ると湿原は見えるのですが鉄道林がちょくちょく邪魔をしてくるようになります。何駅か進むと釧路湿原駅に着きます。下車して湿原を見るならここが一番最適なのでしょうか。

そうこうしているうちに列車は根室本線との合流地点である東釧路につきました。

東釧路を通るすべての列車は釧路まで乗り入れます。

東釧路は快活クラブの最寄り駅だったのでお世話になったことがあります。

東釧路を出ると間もなく終着の釧路につきました。釧路駅は当時の国鉄が駅舎を作る際、地元の方がお金を出す代わりに駅舎の中にお店を出さてもらう民衆駅として作られたことで有名です。現在でも当時の形をそのまま見ることができます。

 

釧路で下車をすると即座に公衆浴場に向けて歩き出しました。

一昨日から風呂に入るチャンスをことごとく逃していたのでここでまとまった時間があったので入ることができました。しかし地図でみた感じよりも駅から離れていて時間がかかってしまったので、満足に入ることはできませんでした。それでもさっぱりしたのでよい気持ちで再び釧路駅に戻ります。

予定に余裕がありノロッコ号に乗るか根室に行くか様々選択肢があったのですが、今回は18切符を使い根室を訪れることにしました。

 

根室本線(根室~帯広~柏林台)

根室本線は滝川から釧路を経由し根室にたる路線で、これから乗る釧路から根室区間は特に花咲線と呼ばれています。これは釧路で運行形態が完全に分離されているため別路線として愛称で案内したほうがわかりやすいからです。根室本線は北海道を横切るような路線で、道内最長路線でもあります。当初は道央と道東を結ぶ一大幹線でしたが、今や様々な区間で短絡線が建設されメインルートから外れた区間が多く存在します。

花咲線は特に短絡線が建設されたわけではないのですが、線路が曲がりくねっていてそう度が遅いことや沿線の街の衰退により存在が危ぶまれるまでに需要が衰退しました。それを表すように釧路から根室までの沿線には市レベルの街が存在しないので、観光に力をいれ路線が存続できるように取り組みがなされています。

乗った列車は快速ノサップ号で最初は東釧路に停まります。下り列車の快速はなさきは東釧路には止まらないので注意が必要です。釧路市の市街を抜けるとしばらくは釧路町の市街進みます。釧路町は歴史的な経緯から釧路市から分離された経緯があります。昔は北海道に区という地域区分が存在していました。区になるには面積の何パーセントだか以上の領域で高い人口密度を誇る必要がありました。そこで釧路市は人口密度が基準に満ちていない地域を切り離すことにより区に昇格しようとしました。これによって釧路市から見捨てられた釧路町が生まれたわけですが、今はイオンや大きなショピングモールが釧路町にでき活発になってきたこで立場が逆転しつあります。上尾幌に停まると普通列車でも止まらないパターンがある駅を通過していきます。

線路はくねくねですが意外と列車には速度感がありました。保線はお世辞にも良いとは言えないので結構揺れますが、観光で乗るにはそれも風情というものです。と思うといきなり列車の警笛がなりました。

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鹿と衝突したみたいです。正面衝突ではなかったみたいだったので、安全確認で少し時間を要しましたがすぐに運行を開始しました。この路線はエゾシカとの衝突が非常に多く、警笛が鹿避け専用のものに改造されているほどです。

しばらく走ると愛冠岬などそこそこ良い景色を眺めながら厚岸につきます。

この愛冠岬はその読み方ゆえ特定の人たちに人気のある観光地です。

厚岸でそこそこの鉄道マニアが下車していきました。ここは昔標津方面への支線が分岐していた駅でもあり観光資源も豊富で大き目の駅です。

厚岸を出るとしばらくのっぱらを走ります。

海に近いのですがあまり海の見える区間は多くありません。

しばらく走ると落石に到着です。この周辺も観光資源が少しあるのですが、駅から遠いので降りる人は全然いませんでした。

落石を過ぎると徐々に地盤が沼っぽくなってきます。根室のある半島はその地盤ゆえ鉄道を引くのにかなり難儀した地域でもあります。北海道拓殖鉄道という軽便鉄道がかつて存在したのですが、なかなか経営がうまくいかずそうそうに廃止になりました。

そんな地域を抜けると最東端の駅である東根室を通過します。最東端の駅は終点の根室ではなくひとつ前の東根室なのです。これはこの区間の線形がU字になっていることが由来で、そのいちばんくぼんだ所に東根室があります。

このあたりにかつては愛称の由来になった花咲駅があったのですが、廃止されました。皮肉にも花咲駅は花咲線で一番最初に廃止された駅です。

東根室を過ぎるとすぐ根室に到着です。日本で最初に太陽が昇る街とあります。確かにこの規模の街はここより東側にないですが、留別村などここより先に日が昇る村はあります。択捉群留別村です。ここから東根室までタクシーで移動したのですが、その車内で北方領土があるために花咲線は廃止されることはないと聞きました。観光地でタクシー移動をすると現地の人しか知らない知識をしれるので単なる移動より価値があると思います。次の折り返しの列車に乗るためにタクシーで移動したということが多いのですが。

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字がまがまがしい看板の前で自撮りしました。根室は降りたことあるのですが、東根室はなかったのでここに来るのが目的でした。東根室駅の周りは思っていたより何もなく停留所という雰囲気で、根室駅のほうがグッズは多かったです。なんなら東根室グッズも置いてあったので、最東端を巡礼したい方は行きか帰りで東根室に停まる列車に乗りわずかな停車時間で写真を撮るほうがオススネです。それだとこの看板まではいけませんが別の看板でとれるチャンスがあると思います。根室からは納沙布岬など行きたいところが様々あったのですが。時間の関係上そうそうに折り返しました。

 

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折り返してくる列車を撮れましたが、面強めの構図になってしまいました。

まぁいいかと思いホームの中ほどまで小走りでいきます。このようにホームの端っこで写真を撮る場合、ゆっくりしていると中ほどしか止まらない列車に乗り遅れるかもしれないので注意です。

ここからは根室本線をずーっと行く形になるので、花咲線というよりよくある根室本線の分割運転にという雰囲気を個人的に感じました。

先ほどと同じような車窓を普通列車でゆっくり眺めていると時期に釧路につきました。

釧路には工業や漁業などの産業がそこそこあり、根室から出張をする人もおおいようです。北海道が日本の食料自給率アップにどれだけ寄与しているのか気になります。

釧路からは幹線という雰囲気が強くなります。札幌へ行く特急列車結構な頻度で発着しているので結構な規模の街です。ここからは特急列車の乗り換えます。

特急おおぞら号です。乗り継ぎ時間はさほど長くなかったので、飲み物を補給して乗り込みます。

釧路を出るとしばらくは太平洋沿岸を進みます。白糠などの街えおすぎると徐々に線路はくねくね曲がっていきます。枕木の改良などで高速化されているものの、線形が悪く最高速度で走れる区間はさほどないみたいです。

廃駅などを見ながら山を越えるとしばらくして帯広に到着します。

帯広も道内有数の街で結構発展しているところです。帯広からは普通列車に乗り換え一駅進み柏林台で降ります。

帯広の街は結構発展していて、バスの本数も多いみたいです。ここからバスで数分行った後白樺通りに面したところで降りました。そこから10分ほど歩き到着したのは帯広競馬場です。

 

帯広競馬場は一度行ってみたかったところです。ここは世界で唯一ばんえい競馬を開催しているところだからです。ばんえい競馬とは騎手が馬の上に乗るのではなく、馬にそりを引かせてその上に人が乗るという形態の競馬です。競馬の発祥はイギリスなのですが形式としてはばんえい競争が起源になっているので、ここは競馬の歴史を感じられる貴重な場所なのです。馬の競争に軍事目的が付随するなど競馬の発展とともに、騎乗するスタイルがメインになりました。今でも速さを重要としない旅客輸送や貨物輸送では馬車を使うことが通例だと思います。

いわゆる地方競馬はナイターにメインをすることが多く、この日もそうでした。

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こんな感じでそりが用意されています。

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パドックの段階では上に乗っているみたいです。徐々に暗くなってきましたので、一回馬券をい買いに行きました。

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意図せず男女が映りこんでしまいましたが、なんかいい雰囲気です。肝心の馬券はあたれば予算が圧倒的に増えるような大博打に出た夢のある馬券を買いました。予算の都合では結構な額をかけてしまいましたが当たれば問題ないです。

この日は「結婚するのか俺以外の奴と杯」が開催されていました。地方競馬ではお金を一定の額納めると協賛としてレース名を決められるというシステムがあります。この日はたまたま誰かが協賛としてレース名を決めたのだと思います。

そしてメインレースはユリウス特別です。

まずは結婚するのか俺以外の奴と杯です。

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コースは直線の200mで山が3つほどあります。山を越える瞬間は結構迫力hがあるとともに、パワーが要求されるみたいです。一般的なサラブレッドよりムキムキなのがわかります。そしてこの競馬は荒れることで有名なのです。結果はというと外れました。

そして次はメインのユリウス特別です。

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なかなか迫力はあります。

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みんな頑張っていますが、坂を超えたところで止まってしまう馬などいまして最後までわかりません。

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結果はというとまたもや外れてしまいました。二頭のうち一頭は来たのですが、もう一頭は来ず無念です。

しかし競馬の歴史を感じれたことはかなり価値があります。帯広競馬は存続問題が度々議論されるくらいに儲かっていないようです。実際に廃止になりかけたこともあるみたいで、なくなる前に一度言っておいた方がいいというレベルであると思います。まだまだ競馬が続くよういろいろ試してほしいとは思いますが、自治体の運営なので赤字のまま延々と続けるわけにはいきません。人生のうちに一回でもここにこれとはいい経験ににったと思いました。

 

競馬場からは15分ほど歩き、ジョイカフェというインターネットカフェという場所に宿泊しました。その途中で空いていたラーメン屋で飯を食いました。

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味の時計台です。一応全国にある店ですが現地で食べる味噌ラーメンは気分が違います。この時間に空いてる店は貴重だったので食べれてよかったです。

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これは朝に撮った写真ですが、結構大きく居心地がよかったです。数日ぶりに屋内でもあったので安堵感もありぐっすり眠りました。

 

今回のパートはここまでとします。丁寧にやりすぎて時間がたちすぎるといろいろ思い出すのが大変になるので、少し巻きで書いていきたいと思います。

日本一周旅行前編➁

本日も最長片道切符を受け取りのため東京からの出発です。

 

7/20

この日は高速バスにて東京駅から成田空港まで行きました。

これは出発が第三ターミナルだったということが大きいです。最寄りの鉄道駅からはかなり離れた位置にあるので、第三ターミナルではバスで行った方がいいです。運賃もさほど変わりありません。今回はオリンピックのための首都高値上げと重なり道が空いていたので快適にたどり着くことができました。

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おまたせいつものターミナルさんです。航空移動が全部lccとはたまげたなぁ

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エコノミー並の感想しか出てこない写真を撮ってる間に新千歳に到着しました。

今回は出発から友人の動向です。

 

第2県目:北海道

空港をゆっくり見たかったのですが、閉まってる施設がおおかったのでそうそうに列車に乗りました。ここでついに今回のテーマであるJR線中心の旅行がスタートします。

 

快速エアポート(新千歳空港~札幌~小樽)

快速エアポート千歳線支部である新千歳空港駅から本線を経由し、白石からは函館本線に乗り入れ札幌へと至る列車です。一部の列車は小樽まで乗り入れます。空港から札幌までは結構かかるのですが、快速は通過駅の設定などもあり比較的スイスイ行きます。北海道を訪れると必ずと言っていいほどお世話になる代表格的な列車だと思います。そのまま小樽に行く列車があるのも非常に便利です。札幌から小樽の間は景色がいい区間があるので列車移動が非常にオススメです。小樽のバスは発展してますし、そこまで観光エリアが広くないので車がなくても不便を感じないと思います。それぞれの路線についてはまたしっかりと乗るのでそこで解説します。

 

小樽についたらまずはお決まりの看板で自撮りです。

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その後は早速昼ご飯を食べに商店街に向かいました。

この商店街なのですが、歌舞伎町バリのキャッチが海鮮丼を勧めてきましたが目的の店があったのでそこを目指しました。

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たけださんです。ここは前回北海道に来た時も訪問しており、安くて満足度の高い店だと予めマークしていました。

長考した後メニューを決定しました。

この店はお通しで出てくるさきいかみたいなやつがうますぎるんです。

これ店頭で売ってるんですけど一回も買ったことないのでいつか買って帰りたいです。

そうこうしているうちに丼が到着しました。

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超てんこ盛りです。これが二千円しないで食べられるのですから物凄いです。

これはかなりテンションあがりましたね。めっちゃうまかったです。

その後は小樽運河など散策しました。

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手宮公園など鉄道ゆかりの場所に行きたかったのですが、火曜が定休らしく諦めました。ゆっくりしたら札幌に帰ります。

札幌駅前のらーめん共和国に行きました。ここは時間がないときの定番です。

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らーめん空の味噌ラーメンです。やっぱり味噌ラーメンは欠かせません。

海鮮丼を食べてそんなに時間は経ってませんでしたが、ペロリと食べれました。

味噌ラーメンは体が温かくなるようにいろいろ工夫がされている反面、冷めにくいラーメンだと思っているので急いでいるときはやけどに注意する必要があります。

店を出ると時間がないことはあらかじめわかっていたのですが、想像よりも時間がないことが判明したので走って大通りバスセンターまで向かいました。

ギリギリバスに滑り込むことができました。

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このバスで一気に稚内まで行きます。五時間を超えるかなりの長旅になります。

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夕日に照らされていい感じの中砂川SAで休憩です。北海道まで東日本の管轄なのは面白いですね。高速は東、中、西の三社がメインでの管理しています。国鉄もこのように分離した方がよかった説もありますね。

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羽幌の道の駅のような施設で休憩です。

サンセットプラザとありますし、もう少し日が沈むのが遅ければ夕日が綺麗に見えたのでしょうか。

ここからさらに進むこと数時間で稚内の到着です。

バスお降りた瞬間肌寒さを感じました。札幌とは気温が全然違い最北に街に来たことを感じさせました。

この日はゲストハウスモシリパに止まりました。ドミトリー型の宿ですが個室の部屋もあったので助かりました。

 

7/21

この日の朝はゆっくりの起床でした。レンタカー屋が空く時間に合わせるといつも始発の時間に起きている私としてはゆっくりなものです。

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ゲストハウスで鹿肉のカレーを食べました。カレーを食べると旅感が出るのはなぜでしょうか。鹿肉もしっかり存在感がありよかったです。

 

その後はレンタカーで最北の地を目指します。

沖縄とは対照的に北海道の道はスイスイなのですぐ着きました。

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宗谷岬です。曇っているのかモヤっぽいのかわかりませんが、見通しはよくありませんでした。カラっと晴れていれば樺太などが見える場所です。この辺は軍事的にも重要な場所で日本軍の施設などちらほらありました。その後は日本海側へと戻りサロベツ原野センターへ行きました。

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ここがなかなか良い施設で実際にサロベツ原野に設置された遊歩道の中を歩くことができます。入場料はなんと無料です。道北らしさを感じるには是非訪れたい場所だと思います。その後は車の機動性を活かしこのセンターと撮影地の間を往復するように動きました。列車の本数が少ないので、空き時間に観光するためです。レンタカーやレンタサイクルがあるとこのスタイルをとれるので特に本数が少ない場所では非常に有効です。

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野原を駆け抜けるサロベツ号です。望遠にするか普通のレンズにするか悩みましたが、普通のレンズにしました。なかなか道北らしい風景を撮れたんじゃないかと思います。

その後ノシャップ岬にも行きました。

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その後は稚内市街に戻り、定番の防波堤ドームやフェリーターミナルなど観光しました。樺太記念館なるものを通りすがりに偶然見つけたので入っていました。

ここがかなり良い場所で樺太ソ連に関連したしられざる歴史を知ることができました。樺太には日本が敷いた鉄道もあったので目を見張るものがありました。現在は正式にロシアの領土となっており、観光資源としての可能性を秘めていると思います。

その後レンタカーを返却し、稚内駅に行きました。またもや時間が差し迫っていることに気づき、走って駅に向かいました。記念撮影や駅弁を買おうと思っていたのですが、全くできずに列車に乗り込むことになりました。

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わずかに映像から残っている部分を探したのですが、一番いいところに人がいて文字が隠れてしまっています。なんとタイミングの悪いことかと思います。

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これなら看板が隠れていませんが肝心の文字が読めません。

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これだと北端の文字がギリギリ見えます。

 

wikipediaより引用させていただきましたが実際はこのような看板です。

きちんと西大山のことも書いてあり、ちゃんと見ていれば最南端での感動も増していたのかなと思います。しかし乗り遅れるわけにはいかないので友人にも申し訳ないですが先を急がしてもらいました。

 

なんだかんだありましたが、ここからついの最長片道切符の旅がスタートしました。9000kmを超える日本一長い片道切符の旅が始まります。

 
➁宗谷本線(稚内旭川)

ついに本格的な路線紹介がスタートです。まず最初は宗谷本線です。

宗谷本線は稚内から新旭川を結ぶ路線です。多くの列車はそのまま函館本線に乗り入れ札幌を目指します。

宗谷本線はもともとは樺太への連絡鉄道としての役割を期待され敷設された鉄道です。その期待通り感染症が流行するまで稚内からコルサフまでの定期航路が就航していました。終戦までの間は日本領だったこともあり、鉄道連絡船も就航していました。

現在では戦後の条約により樺太はロシア領だと記述があるため、ロシアへの正式な入国手続きは経れば樺太に行くことが可能です。この辺のロシアは入国が比較的楽なこともあり、観光資源のポテンシャルは高いと思います。

話がそれましたが、そんな国防や経済の面からも重要である地域を鉄道で結ぶ重要な路線なので、JR時代になってもなお高速化が行われるなど活躍が期待されています。

しかし樺太には際立った経済効果があるわけでもなく、北海道全域で盛んであった石炭産業が廃れてしまい石炭輸送の需要が消えました。沿線にもさほど人口は多くないのでたびたび存続問題も議論にあがります。特に途中の名寄までの区間は荒野とも言ってもよいような状態で利用者は旅行者か多少の地元民しかいません。車社会や航空輸送が発展した現代において確かにこのような路線は不要にも見えます。

しかし鉄道には一度に大量の物資を輸送できる利点があります。この特性は国防についてはもちろんですが様々な可能性を秘めていると思います。このような路線が一つの民間会社に管理が委託されてしまっていることが非常に勿体ないと感じています。廃線にならないことを願うばかりです。

一方名寄からの区間は市規模の街を二つ抱えており、先ほどの区間に比べれば需要があると思います。それでも路線の維持費とは見合わないと思いますが、鉄道と一体化した街づくりがされれば維持していくことは可能ではないかと考えさせられます。

かつては名寄から深川に至る深名線紋別を経由し遠軽に至る名寄本線など伸びていたのですが、どちらも廃止されてしまいました。

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しばらくするとあたりが暗くなりはじめ、うとうとしていると旭川に到着です。

切符の決まり上追加精算が必要になります。このような精算は今旅行で多く行われました。

 

イオン旭川で夕飯など買い物を済ませ、宿に向かいました。

本日はホテルテトラに宿泊です。

 

ゆっくりして休みたかったのですが、ここでカメラのバッテリーパックをサロベツセンターの近くの撮影地に置いてきたことに気づきます。かなり焦って方法を様々な人にSNSで聞きました。最終的には友人を旭川に残し、夜の間に往復7時間ほどかけレンタカーで回収しに行く案が有力でした。しかし別の友人から警察に相談してはどうかと助言を頂き、電話しとたところ回収に動いてくれる可能性があるとのことでほっと胸をなでおろしました。この電話までの30分間かなり焦っていましたが希望の光が見えました。日付が変わってしばらくすると警察から折り返しの電話が来ました。その撮影地にものがあったとのことでひとまず回収していただきました。警察の方には感謝しかありません。その後は郵送か回収をした警察署まで取りに行くかの二択でしたが、郵送の所要日数を考えると道内で受け取ることは厳しいと判断しました。本州内で受け取ることを告げ、その日は無事に一日終えることができました。

 

7/22

昨日はバッテリーパックの件もあり興奮冷めやらない状態だったのであまり眠ることができませんでしたが、予定通り出発することができました。

昨晩とは違う風景を見せる旭川駅からまたも特急列車に乗り込みます。

 

石北本線(旭川新旭川~網走)

今回乗車したのは札幌から来た特急オホーツク号です。

石北本線新旭川から宗谷本線から分岐し網走に至る路線です。

地図を見ると新旭川で分岐せずもっと先で分岐すればよかったのではと思いましたが、これは早く分岐させ違うルートを取ることにより広範囲の地域に鉄道を利用してもらおうと意図があるそうです。しかしこの方法では一路線当たりの列車本数が少なくなってしまうので、線路を敷いた当時は本数がそれなりにあったのかもしれませんが状況が変わってしまった今ではマイナスに働いていると思います。

そのような事情を抱えた旭川の市街を抜けるとほどなくして上川です。この駅では乗降する方がぱらぱらとおられました。スキージャンプで有名な高梨沙良の出生地でもあります。

上川を超えるといよいよ峠越えが始まります。まずは北見峠です。

ここから先の区間は廃駅のオンパレードです。たった一人の高校生のためにあった駅がその学生の卒業とともに廃駅になった有名な話もこの辺りです。

廃駅の周りはgooglemapで見ると家があるように見えますが、全て空き家です。

窓は割れ猫が住み着いています。北海道には開拓によって産まれた街が多く、開拓は鉄道とともにやってきます。街にはほぼ必ず鉄道の駅がセットであるのですが、そこから人が消え最後には駅も消えるということが各地で発生しています。寂しい話ですが都市一極集中が進む現状では仕方ありません。さらには人口減少など様々理由があると思いますが、寒くて雪も多いという厳しい自然環境もそれを加速させていると思います。

なんとかならないものかと考えても、こんなとろこに住もうとすることが間違いなのではと思ってしまうほど厳しい状態です。自分の頭で考えてもポジティブな考えは何も浮かびませんでした。悲しいことです。

そうこうしていると峠を越えが終わり遠軽に到着です。この駅でスイッチバックを行います。

このスイッチバックは勾配の関係ではなく、この先に路線が続いていたことが理由です。サロマ湖の方へと続く路線が遠軽に接続しており、そちらの方面へ自然とつながるような線形になっていたのですが、現在その路線は廃止されています。

不自然なスイッチバックをスムーズに終え発車します。

遠軽を出ると再び峠越えが始まります。常紋峠です。

この峠には心霊スポットとして有名な常紋トンネルがあります。

常紋トンネルから人骨が発見されたことが理由です。

少し昔、大きな地震が起こった拍子に壁から人骨が出土し、調査を行った結果壁に人骨が埋め込まれていることがわかりました。このトンネルの建設には過酷な環境での労働者が携わっており、いわゆるタコ部屋労働というものが行われていました。人権を無視すような労働で、健康を害し衰弱するものも多くいました。そのような人を看病するより見捨ててしまった方が早いので、その後始末の際に隠ぺいを兼ねて壁に埋まられたのだと言われています。

トンネルを抜けた先に慰霊碑が立っています。

以前まではこの辺に駅があり、この関係の場所に列車で行くことができたのですがその駅は現在廃止されまして列車で行くことは難しくなりました。有名な列車の撮影地もあったのですが、霊よりも熊が怖いと言われるほど鬱蒼とした場所になってしまったようです。車でも訪れることは相当大変みたいです。

そのようないわくつきのトンネルを抜けしばらくすると留辺蘂です。

漢字が難しいことで有名ですがよみかたは「るべしべ」ですのでそこまで難しくないと思います。

留辺蘂からしばらく走ると北海道でも有数の街である北見に到着です。

都市の人口でも道内で一桁代にランクインする都市です。

カーリングで有名なチームの本拠地であったり、タマネギやジャガイモなどの農業も盛んです。

ここからタマネギを運ぶ貨物列車なども有名みたいです。

中間の駅はどんどん廃止されていきますが、このような大きい町や盛んな産業を見ると鉄道マニアとしては未来が感じられ嬉しい限りです。この駅から十勝方面へ進む池田線という路線が最近までありましたが、廃止されました。

北見を出るとまたもや少し山がちな地形になりますが、すぐそれも終わりまして美幌につきます。この駅からも南下し阿寒湖の方面へ至る路線がありましたが廃止されました。

北見からは街同市の距離が近いみたいで美幌を出てすぐ女満別につきます。女満別空港で有名な場所だと思ますが、最寄り駅は一個前の西女満別になります。地方の空港では駅から遠いケースが多いというか個人的な経験ではほとんどがそうだと思うのですが、この空港は駅から近いです。しかし調べたところ最短距離を行く道がないことから30分弱はかかるみたいで現実的に使う人は少なそうです。そもそも空港まで列車を使わず便利なバスで行く人がほとんどだと思うので、今後こもの状況は変わらないと思います。

女満別を超えると網走湖の湖畔に入り、キャンプ場などリゾート感が漂ってきます。

まもなくして網走に到着です。

この札幌方面から網走に至るルートは網走監獄に集まられた超大数の囚人により作れた中央道路と呼ばれるルートで、道内でも古くからの歴史がある重要なルートです。当時は監獄に収容されていた囚人も重要な人的資源であり輸送物資だったわけで、鉄道の強みが生きるような路線でした。しかしその一大監獄も役目を終了し、空港ができたこともあり鉄道にとって厳しい状況です。

都市間輸送において単純に利便性を追求しお客さんを増やすことよりも、その土地の産業に重きを置くことによって生まれる雇用や経済効果から旅客輸送と貨物輸送の両面からアプローチすることが重要と考えています。それは網走を観光してみて人がこんなに住んでいて活発な街なのに、なぜ鉄道がここまで衰退したのか自分なりに考えて出た結論です。単純に衰退している町と鉄道の関係を考えるのとは少し違った、難しい問題が石北本線にはあると考えています。

北海道の国土に関する問題を考えると悲しくなりますが、ここからは楽しい観光です。

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網走駅前で自撮りしました。駅名が縦書きなのには意味があり、監獄で刑期を終え出所した人が、曲がることなく真っすぐに生きてほしいという願いが困られているそうです。横書きでも真っすぐに書けばいいのではと思いましたが、いったん置いとくこととします。

駅から少し行ったところでレンタカーを借り網走監獄へと向かいます。

と思いましたが、もうビデオカメラのバッテリーが限界だったので市街まで出て新しいバッテリーパックを買いました。既存のパックだけでは不十分だと思いっていたので紛失したものが返ってきたときの増強も兼ねていました。しかしこれが本当に高い。

さらに購入したバッテリーは充電がされていない状態でした。考えてみれば当然ですが、このときは死活問題でした。時間もないので一旦動画は携帯に任せました。

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多分監獄の外壁の写真です。携帯で動画を撮ってた関係上手元が忙しかったので写真はあまりないです。

網走の街は監獄とともに成長した背景がありますので、先ほどにも述べたように鉄道の発展に関わる重要な産業です。今回は監獄といった特殊なものですが、産業をしっかり見学することに意欲がわいてきたのはこのあたりです。このような気づきは自分の頭では現地に行かないとわからないことで、私の人生にとって非常に価値のあるものだと思います。社会にとって価値のあるものかどうかは今後の自分次第であると思います。

時間の関係上少し急ぎ足になってしまったことが友人に申し訳なかったなと思います。

多分ここは一日がかりで見るような規模の観光地だと思います。相当大きく内容も濃かったです。

夕方には移動をして北方民族博物館を見学しました。ここは北海道のみならず、オホーツク海周辺の極寒の地に住む民族や高緯度に住む様々な民族の資料があり興味深かったです。

その後は少し時間を貰い列車を撮りに行きました。

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特急大雪です。ネットによる調査よりも草木がかなり生えていて交わすのに一苦労でした。ビデオと違いこちらはバッテリーの充電がしばらくできないので節約しながらでしたがなんとか良さげなのが撮れました。豪雪地帯では冬と夏の草の量が全く違うので今後注意が必要だと思いました。奥の川みたいのは網走湖から流れる網走川です。

時間的に観光地は既に閉まっていたので、再び市街に出て某ファーストフードで充電させていただきました。きちんと係員に許可はとりましたが、多分あまりよろしくないことっぽいので店名は伏せておきます。

そして明日にその得て知床方面へと車を走らせました。

延々と続く一本道と徐々に濃くなる霧が印象的でした。この霧がめっちゃ濃くて気を使いました。

本日は道の駅ウトロで車中泊です。

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キャンピングカーがたくさん泊まっていたりと寝静まってはいましたが大盛況といった感じでした。

 

7/23

本日も十分に休めたとはいいがたいですがスタートです。

起きてた時間の方がおおいので起床の感想が書けないんですよね。

友人は寝ていましたが予定の時間になったのでセイコーマートまで車を走らせ朝食を買いました。体力的にハードになるためしっかり飯は食いました。

その後はもう一回道の駅まで戻りいよいよ待ちに待った知床ツアーが始まります。

道の駅でスムーズに合流し送迎の車へと乗り込みます。

ツアーの予約時に送られてきていた写真では、失礼ですがガイドの方は完全に老いているおじさんだ思っていました。しかし実際に見てみるとテキパキ動く完全なイケメンおじさんでした。年齢を感じさせないその動きは今日の一日がいいものになると予感させました。よく見ると顔も全然若く見えて宣材写真変えればいいのにと思わぜるを得ませんでした。この感想は友人も禿同といった感じでした。

今日はもう一組一緒に動く参加者がいたみたいで合流もスムーズに済ませ知床国立公園へ間もなく到着しました。

この国立公園はかなりしっかりとした管理がされており、入場の時間が15分おきに決められているみたいでした。それにより直接公園の管理局に許可をもらう必要があり、ガイドなしでの入場は不可能みたいでした。

現地で元気なおばあさんたちも合流し一緒に公園へと入ります。この日最初の組だったみたいです。

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知床五胡を巡るコースでした。この日も晴れてはいるがうっすらモヤがかかっているようで、カラッした晴れではなく見通しは悪かったです。ですがうっすら周りの山々が見えました。北海道ではこの季節に見通しの良く晴れれことは珍しいのでしょうか。

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筒抜けになった木です。天井が空いていますがまだ生きてる木らしいです。このように人間のてがほとんど入っていない自然を見ることができます。

この知床国立公園ですが、その自然がゆえ熊がよく出没するようで入場の管理もその関係のようです。度々ガイドが本部と通信を行ったり、熊がいないか声を出して確認したり対策が厳重に取られていました。幸いここ一週間ほど熊は出てないみたいでスムーズにいきました。

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ピンクの花です。ガイドの解説がビデオカメラに入ってると思うので動画作るときに改めて復習しようと思います。

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多分スイレンかなんかだと思います。

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綺麗に晴れていれば綺麗に反射する山々が見えます。

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これは利尻富士ですかね?メモしとかなかったのでわからなくなりました。雰囲気一番いいショットです。ここでは魅力を十分に伝えられていいないと思いますがとても良いところでした。別の国立公園からは一線を画す場所だと思います。学術的にもすごいところなのでもっと勉強していけばするほどその魅力は増えると思います。

その後は送迎の車でいったん道の駅に戻りました。ここで昼ごはんタイムです。道の駅は大変混むので早めに店を決めて食べた方がよいとアドバイスをいただきました。これはイケメン。

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今回は蕎麦で腹を満たしました。もっとご当地感のあるものもありましたが、観光によりその成分は存分に補っているので今回は我慢です。よくあるとってつけたようなご当地飯を食べても楽しめれば全然いいですし、実際自分も食べたかったのですがそれより価値のあるものをたくさん見てきたおかげでそこまでしなくてもいいかなと思いました。もちろんこの先の旅行のことも考えてですが。

昼ごはんタイムを終えたところで早めにガイドさんと合流しました。それは本日のツアー後の予定がカツカツなので行きと逆順で車から降ろしてもらえないか交渉するためでした。その旨を伝えると、最後に船に乗るのでその下船場所まで自分たちの車を移動させてもらえるとのことになりました。これはイケメンすぎる手配です。

そのような話をした後、送迎の車に乗り込みフレペの滝というところまで向かいました。さきほどの国立公園へと向かう途中の公園管理局のような施設で車を降り歩いて向かいます。

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入り口には熊が出たときに使う看板がありました。実際に立ち入り禁止になった場合これを持って写真を撮ることが多いそうで、今回は入れますが洒落の聞いたガイドさんが写真を撮るかと勧めていただいたので撮ってもらいました。立ち入り可能なのに写真撮るのは草生えます。

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写っているのは宇登呂灯台です。この灯台関連の電気線が埋められていることが目に見えてわかったり、実際に電気を引いていた時代の名残で草原を貫く一本道があったりと様々面白い遺構がありました。船も写っていますがこの後これに乗ります。

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展望スペースがあったのでそこから滝を見ました。このフレペの滝は乙女の涙と呼ばれています。地下水がしとしとと流れ落ちる様子からそう呼ばれているみたいです。男の涙と呼ばれている滝もあるみたいで船からだと見えるみたいです。

その後はまた送迎の車まで戻り船の乗船上まで向かいます。ちゃんとしたトイレがこの先ないので休憩ということで10分ほど管理局で休憩しました。管理局が意外とすごい施設だったみたいで、そこを観光している人たちもたくさんいました。休憩している間に熊が灯台の方で出たらしく、なんと先ほどの立ち入り禁止看板が実際に使用されていました。これは洒落にならんと思ったけど洒落になりました。

休憩を済ませ乗船上まで送ってもらいます。その途中で道の駅に寄ってもらい、一人だけ下車し自分の車に乗り込みました。送迎の車の後ろをついて車を運転し、下船場所まで誘導してもらいました。有難すぎる。下船場所からはまた送迎の車に乗って乗船場所まで行きました。ここからはゴジラ岩クルーズ船という船に乗って海側から国立公園を見ます。この後の予定が思っていたよりカツカツなことが判明していたので時間との勝負がここから始まりました。

結構多くの方が乗船されるみたいで乗船には結構時間を要しました。2分ほど延発しましたが比較的スムーズに出航しました。

最果ての地で見る自然は美しく素晴らしいものでした。自然が残っているのは陸だけでなく海も例外ではありません。航行中にイルカが何度も見えランデブーのような形になることもありました。漁師専用の道のような沿岸にありましたが、それを超えて奥へと進んでいくと流氷によって削られた崖が際立ってそり立っていました。

そしてなだらかなところで熊を見ることができました。案内には熊の聖地(メッカ)と書いてありまして、熊のエルサレムでもメディナでもいいじゃないかと思ったのを覚えていますがどうでもいいことです。

この日は熊が比較的を多く見られたみたいで、泳ぐクマや昼寝中のクマなど様々な様子を観察することができました。

こんな奥まで行くのかと思っていると間もなく折り返しました。計算上航行の丁度半分の時間で折り返すはずと思っていましたが、少し過ぎたころで往路が始まりました。行きはクルーズのためにゆっくり進んでいたのでダイヤ通りなんだと思います。船にも小さなトイレがあったので移動してトイレに行きました。沖縄の船でも見た海水くみ上げ式のトイレです。用を足すとガイドさんが乗っているのが見えたので移動して下船までながながと話していました。船のエンジン音でなかなか声が通りづらかったのですが、身振り手振りを交えおしゃべりしました。他愛のないことから船員の放送ではなかった知識など様々なことを聞かせていただきました。クルーズの間友人はずっとぐったりしていたのであまり無理しないようにと声をかけてもいただきました。それもあって友人のためにもこのクルーズを映像に収めることに必死だったので写真はありません。厳しい日程を組んだ自分に責任はあるので見どころを撮り逃すわけにはいきませんでした。

最後にガイドさんに感謝の意を伝え下船しました。下船時もここなら一番に陣取れると指示をしていただきどこまでイケメンなのかと感服いたしました。船を一番に降りるとこの先も楽しんでと言って手を振っていただき、とても良い気分になりました。こちらも長々と手を振りたかったのですが、その余裕はありませんでした。下船者が道を列になってふさぐ前に車を出さなければいけなかったので車までダッシュしました。

結局船は10分ほど延着し事態は一刻を争う状況になりました。友人は今日のフライトで帰る予定だったのでかなり焦りました。

気持ちが昂りすぎてしまうところを友人に宥めてもらいながら車を走らせました。

もう間に合わなくても仕方がないと言ってはもらっていたものの、自分も今日中に釧路までいけるかどうかがかかっており後に引くことは難しい状況でした。

友人の宥めは大変効果があり、安全なラインを保ったまま快速な運転を行うことができました。実は前日の運転である程度道の下見を行っていたこともあって現実的な到着時刻をナビアプリも参考に想定していました。徐々に網走市街が近づいてきたので、友人がレンタカーへ電話して駅までの送迎をスムーズに行えるよう頼んでくれました。市街にはいったころにはもう列車には間に合わないことが現実味を帯びてきました。友人の空港行きバスは列車発車の少し後の発車なので、そっちはまだ間に合うはずだと思いながら手短にレンタカーの返却をすましました。そのままバスターミナルや空港へ行くにしても、店の閉店に合わせていたレンタカーの返却時間も迫っていて厳しいものがありました。レンタカー出口で待っていたタクシーに乗るともうバスの発車まで1,2分というところでした。運転手の話によると1,2分でバスターミナルへ行くことは無理とのことで、事前の調べでもそれは現実的に不可能とわかっていました。それでもバス遅延の可能性があるのでなるべく早めに行ってほしいとお願いしたところ、どこまで行くのか聞かれました。空港まで行くと答えたところ、そのバスが停まるバス停がレンタカー寄りにあるとのことでそこで降ろしてもらうことになりました。確かにその発想が抜け落ちていたと自分の視野の狭さを痛感しました。空港行きバスはレンタカーのある通りを走り、なおかつバス停がいくつかあるという系統でした。この事実がわかっていればもう少し余裕がもてたのかなと思っているうちにすぐバス停につきました。友人と長々と喋る暇もなく、気を付けてと声をかけ分かれることになりました。事前にスケジュールを共有してはいたものの、散々振り回してしまい申し訳なかったと思いながら、タクシーから空港行きバスがバス停に停車し、多くの客を乗せ発車するところを見届けました。友人はまさか間に合うと思っていなかったという様子でバスへ向かったと思いますが、スケジュールを管理していた責任は私にあったので今日中に東京へ無事に帰せてよかったと心底安堵しました。

このカツカツな北海道旅行の全行程に付き合っていただきありがとうございました。それと同時に必ずや今回の反省を今後の長い旅行人生の糧にすると約束します。

日本一周旅行前編①

7/14

日本一周旅行のスタートは私の活動拠点がある東京です。大旅行が始まります。

まずは京成線で成田空港まで向かいます。

今回は普通列車や快速列車では時間的に間に合わなかったので特急で行くことになりました。一度乗ってみたかったスカイライナーに乗車することになりました。f:id:Banksisland404:20210914104351j:plain

京成線の詳しい紹介については前の九州遠征をご覧いただければと思います。

成田空港につきまして手荷物を預けます。そしてlcc特有のバスで飛行機まで移動しまして直接乗り込みます。

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バスから撮った写真(MM531)

通路側の席だったので写真などそれほど撮れませんでしたが無事定刻で到着です。

 

第1県目:沖縄県

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今回は個人的な理由で沖縄県からスタートすることになりました。

f:id:Banksisland404:20210926034916j:plainまずは石垣空港でソーキそばを食いました。徹夜で何も食ってなかったこともありかなり進みました。ラーメン風味でうまかったです。

石垣空港からは車で宿を目指しました。石垣島での観光については動画の方が詳しくできると思うのでぜひそちらをご覧ください。友人と行動を共にしたためで許可を得ずに写真を載せることが不可能なためです。動画は共同で制作しようと思うため詳しくかける予定です。

宿についてたプールに入った後街に繰り出し夜ご飯を食べました。

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店名を忘れてしまい調べても出てきませんでした。ファミリーマートゆいロード店あたりを拠点にして動いた気がします。

写真はやいま牛の牛丼だったと思います。他に石垣牛コロッケなど食べました。

マンゴージュースとシークワーサーのジュースなど飲みました。

店名がもしわかる方コメント待ってます。

その後は宿でゆっくり休みました。

 

7/15

まずは宿についていた朝食からスタートです。

この日は朝早くからアクテビティのツアーを申し込んでいたので参加しました。

まずは幻島と呼ばれているところまで船でいきました。

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着いたときは観光客が多くいましたが、この船でほとんど帰っていきましてしっかり見ることができました。

綺麗な青い海を見ることができました。手前と奥の海で色が変わっていると思いますが、これはさんごの性質が変わることで色ふぁ変わって見えているそうです。

 

そしていよいよダイビングに移ります。

午前は練習のような形で潜りました。

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海からの景色は初めて見る光景だったのでテンションあがりました。

水中カメラをレンタルしていたのでたくさん写真を撮りました。

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生きてる星の砂です。地上にあるやつは全て死骸だそうです。

水中なので音が伝わりにくいのですが、船からおもちゃのボードを持ち込み文字で意思疎通ができたのでいろいろ教えてもらいました。

レクチャーがわかりやすかったということもあって、幸い耳抜きや姿勢維持など基本的な動作にはすぐ慣れることができました。これで午後も順調に行きそうです。

一旦船にあがり、用意してもらった弁当を食べました。

数分休むと再び海に出ます。

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クマノミがいました。

線が一歩なのでハナクマノミだと思います。

種類によって好むイソギンチャクが違うらしく、同じイソギンチャクに別の種類のクマノミが住むことはないそうです。喧嘩することもあるとか。

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カメがいました。アオウミガメです。

カメはダイビングの本命のような存在でありましたのでテンションmaxでしたね。

この個体が周辺を泳いでまして、一回のダイブでと三回ほどカメを見ました。

船に上がりまして残りの時間で釣りをしました。

海釣りはしたことがなかったのですが、基本的な方法は川釣りで知っていたのでそれなりにスムーズにいきました。

竿が二人で一本なので交代で釣りました。限られたチャンスをものにする必要がありますが、釣りに焦りは禁物です。

何回か地点を変えながら魚群レーダーにしたがって釣っていきます。なかなか大物が釣れずもう終盤という雰囲気の中、大き目の魚がかかりました。

あまり早くリールを巻かない方がいいなどとアドバイスをもらいながら巻き上げていきます。

徐々に姿が見えてきまして何やら大物みたいです。

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一般的に想像する大物よりは小さいかもしれませんが、この日釣り上げた中では大きい方だったと思います。聞くところによるとタイの一種らしいです。真鯛のような赤色ではなく白っぽかったのですが、調べても詳しい種類はわかりませんでした。

餌としてカツオの切り身を使っていたのでインスタで「カツオでタイを釣った」と投稿したところマイナスになってね?とコメントが来て草生えました。

私たちはこのタイを食べませんでして他の参加者方が食べたと思うのですが、一番うまいのはタイだったんじゃないかなと勝手に思ってます。

結構疲れていたので宿に帰ったらすぐ寝てしまいました。

 

7/16

本日も宿についてる朝食からスタートしました。

これがなかなかいいものでして、二日目でも全然飽きなかったです。

本日は夕方のフライトまでの自由行動となります。

まずは低地ビーチというところに行き動画など撮りました。

そして川平湾の展望公園に行きまた写真を撮りました。

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ここは綺麗の海がみれるポイントとして有名で、結構賑わっていました。

写真に写っているクルーズ船にのって魚を見に行きました。

昨日のダイビングとはまた違った見方ができ面白かったです。

その後は石垣島鍾乳洞に行きました。ライトアップされており綺麗な鍾乳洞を見ることができました。三日目については動画素材が多めなのでそちらをご期待ください。

ゆっくりしていると時間がきたので石垣空港に向けて車を走らせます。先に友人のフライトがあったので、少し空港から離れたとこで見送りました。無事に飛んで行って胸をなでおろし時計を見るとまだ時間がありそうだったのでささっと観光することにしました。寂しさを紛らわすためにもこの時間の行程をわざとカツカツにしました。

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まずはオヤケアカハチ像です。

この人は石垣島で英雄とされている人物です。宗教弾圧から島民を守るため戦ったり、沖縄本島からの行き過ぎた重税をなくす為に戦いを先導するなど島民のために戦った功績があります。本島との戦いはアケヤアカハチの乱と呼ばれているそうです。

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次に730記念碑です。沖縄県には戦前は本土と同じく左側通行だったのですが、戦後アメリカ軍によって右側通行に変更されたという歴史があります。しかし沖縄が日本に返還されたのち、1978年7月30日午前6時に一斉に右側通行から左側通行へと変更されることになりました。前日の午後10時からの8時間の短い間で標識の交換など全て行ったらしく、その変更が事故なくスムーズに行われたことを祝うものです。この記念碑には沖縄県の日本変換への思いも込められており、大切な記念碑となっています。

次にファリーターミナルなど見た後唐人墓に行きました。

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この墓はロバート・バウン号という奴隷船の座礁事件による被害者を弔ったものです。航行中だったアメリカの奴隷船内で中国人による暴動が起き、400人いた中の380人ほどの中国人がこの石垣島に上陸しました。事情を知らない島の役人は一か所に漂流者を収容して監視しながら保護していたみたいですが、後にイギリスの船が襲来し収容所を砲撃、収容者を一人残らず射殺しました。この一連の事件による被害者がここに弔われています。

この辺で時間が来たので石垣空港まで再び車を走らせました。

先ほど空港に来た時チェックイン済みだったのでそのまま搭乗口へ行きます。

乗り込むのはジェットスターです。

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飛行機は順調に空を飛びます。

正直もうこの時点で帰りたかったのですが、そうは行きません。

まだ沖縄の鉄道写真を撮れていないからです。

一人になって寂しいのと旅の出発前日に行きたくなくなるみたいなやつが同時にきたのが帰りたくなった原因だと思います。この旅ではこのような感情がたびたびやって来ました。

そんな感情とは裏腹に飛行機は順調に航空を続け、間もなく那覇空港に到着です。

あたりは暗くなっていましたが、さっそくゆいレールに乗り県庁前を目指します。

駅前で沖縄ローカルチェーンのA&Wに行って夜ご飯を買いました。

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この店の強みとして飲み物のルートビアを頼むとおかわり自由ということがあるのですが、テイクアウトのみの時間だったためそのサービスが受けられませんでした。

二本入れてもらうことは可能かと聞いたところ駄目だったのですが、ハンバーガーとポテトができるまでの間にもし飲み干したらおかわり可能とのことでした。決まりの中での最大限のサービスが感じられとても感動しました。もしかしたらこの対応もグレーゾーンなのかもしれませんが、とても有難かったです。

今回は駅チカのゲストハウス海風さんにお邪魔しました。海風と書いてうみかじと読むらしいです。上の写真はそこの飲食スペースで撮りました。

このゲストハウスはドミトリー形式なのですが、激安で二千円しなかったと思います。ここまで安いと主のような人もいたようですが、ライダーさんたちも結構いた様子です。ふかふかのベッドで一泊できました。

 

7/17

朝早くにチェックアウトして旭橋のバスターミナルに向かいます。

せっかくなので歩いて向かっていると興味深いものがありました。

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沖縄県営鉄道の転車台の遺構です。戦前は沖縄県営の鉄道が走っており、その事実を証明する史跡です。

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そのときの路線図もありまして非常にいいものが見れました。これからバスで糸満の方面へと向かいます。

沖縄のバスは分かりにくいから気をつけろという話は聞いていたのですが、どうやら乗るバスを間違えたらしく途中の乗り継ぎがうまくいきませんでした。乗り継ぎに失敗したバス停は三時間に一本ほどのダイヤでこれではかなりの目的地を削る必要が発生してしまうので、やむなくタクシーを呼びました。

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無事にひめゆりの塔までたどりつき、早速資料館に入りました。生きている間に一度は行っておく必要があると考えていた場所です。

ここは太平洋戦争における沖縄本土決戦の末期に沖縄陸軍病院第三外科が置かれた壕の跡にたつ慰霊碑です。この壕でひめゆり学徒隊として第三外科に従軍していた学生が多く亡くなりました。このような慰霊碑は沖縄本島の多くの所にあるみたいですが、この慰霊碑は沖縄戦の過酷さ、悲惨さを象徴するものとして参拝する方が絶えません。

沖縄は唯一日本の本土が侵攻され戦闘が発生し、侵略された場所です。資料館での雰囲気は半端ではなく生々しい表現も多くありました。その後のダウンフォール作戦や決号作戦など絶滅戦争への発展を考えさせるものなどもあり、決して他人ごとではないのだと改めて意識させられました。

先ほどの乗り継ぎミスや今後のバスを考え行程を変更したこともあり、もっと大きい資料館に行けなくなってしまいましたが、ここもなかなかのものだと思います。

ここからはバスで玉泉洞と呼ばれる鍾乳洞へ向かいました。

ここは個人的に因縁の場所で、前回の沖縄訪問時に複数人で来ていたのですが体調不良で自分だけ観光できなかった場所です。次回の沖縄で必ず行くと決めていました。

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ここはかなり綺麗な鍾乳洞でライトアップなどもかなり本格的です。

今夏はリニューアルの時期だったらしく、新しい取り組みのようなものもいくつかありました。

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歴史的経緯などの説明もあり、なかなか満足でした。空いていてスイスイ進めたのもよかったです。

鍾乳洞にテーマパーク的なものも併設されているので様々な沖縄を楽しめました。

その後は那覇方面に戻りいよいよ鉄道の写真を撮ります。

まずは牧志駅付近でシーサーを絡めて撮ります。

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曇っていたのもあってシャッタスピードとピントの折り合いがうまくつかず、列車がうまく止まりませんでした。

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あっぷにしてみると多少マシになりましたがそれでも微妙です。

沖縄らしさを感じられる撮影地で、晴れているとよかったのですが。

撮影地を変えるため儀保駅まで行きます。

ここでは強化ガラス越しの撮影になりますので非常に難しい設定を強いられましたが、なんとか精いっぱいやってみました。

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なんとか那覇空港を飛び立つ飛行機を絡めたショットが撮れました。那覇市街と沖縄の海も入っていてロケーションは最高です。

最後に赤嶺駅で下車し日本最南端の駅の石碑とともに撮りました。

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ここはなかなかお手軽でいい場所だと思います。

この後は空港に向かいチェックインを済まし、お土産を買いました。

時計を見るとまだ時間があったので那覇空港駅に戻り追加で写真を撮りました。

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この写真は後追いですが、編成写真を撮るには十分の場所です。

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望遠だとカーブの構図で撮れます。

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広角だとポイントを渡るモノレールが撮れたり様々な構図が楽しめます。

アクセスもいいのでいい撮影地ですが、混雑していると邪魔になるかもしれないので気を付けてください。

搭乗時間になったので搭乗口に向かいます。

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今回もジェットスターの運行です。
本島はこのまま北海道入りしたかったのですが、最長片道切符の受け取りが間に合わなかった関係で、いったん東京に帰ることになりました。

 

これにて沖縄編は終了となります。

首里城が復活したら必ず見に行きたいです!

 

日本一周旅行⓪

今回は先日私が行った日本一周旅行について記事を残そうと思いシリーズを立ち上げるのですが、それにあたり申し上げておくことがいくつかありますのでそれをここに記します。旅行自体の記録だけを見たい方はは①から見ることをお勧めします。

 

 

シリーズ立ち上げの目的

今回の旅行を記事にするに至った理由はなるべく旅行後の新鮮な感情をなにかに残しておきたいということが大きいです。今回は写真よりも動画の記録を圧倒的に多くのこしており、動画で旅行の記録を残すことを前提としていました。しかし動画化に時間がかかることや動画のテーマをただの記録ではなくより価値のあるものにするためには先に文面として記し、それを活かして動画を作成する方がよいと考えました。

 

旅行の目的

この旅行の目的は大きく3つあり

・人生を通し、全県で観光を行った経験を積む

・旅客鉄道会社線(JR線)完全乗車

駅メモ(スマホゲーム)においてすべての駅にアクセスする

という事項を念頭に置き、旅行を計画しました。

以前からの予定もありその旅行には「最長片道切符」を使用することがコストパフォーマンスに優れていると考えました。

 

最長片道切符とは

この先の記事を読んでもらうにあたり最長片道切符の説明をここでしておく必要があります。

例えば東京から大阪までの切符を買う場合に、普通ならば東海道新幹線を使う経路で切符を買います。しかし鉄道は新幹線以外にも運行されておりわざわざ遠回りの経路でも購入することができます。

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(図1)

これを曲解すると北海道から九州までの切符の経路を複雑にすることによりかなり長大な距離の切符を発行できます。長大にするメリットとしてはやはり運賃があります。JRの切符の料金計算は1kmごとに一定の運賃が初乗り運賃に加算されていく形で計算されています。例えば東京から30km離れた地点までの切符を買う場合、初乗り運賃+(1kmあたりの加算運賃)×30となるわけです(説明上の式で実際の計算は多少異なります)。この1kmあたりの加算運賃が一度に切符を購入距離が長くなればなるほど安くなるという決まりがあります。それと前述の経路の自由性を考慮した場合、一度にできるだけ長い距離の切符を買った方が得になるわけです。そこで登場したのが距離が最長である切符「最長片道切符」です。JRでは同じ経路を使う場合のみ往路と復路を複合した往復切符というものを打っており、厳密には「最長往復切符」が経路の一番長い切符になるのですが、運賃計算は往路と復路の別で行われるので加算運賃の優位性はどちらも怖らないものとなります。往復割引を考慮すると最長往復切符の方が得なのですが、同じ経路を二度通る特性上今回の旅行には適さないと考えました。

その理論を用いて算出された現在の最長ルートは以下の通りです。

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(図2)(正確には一部を変更して距離を伸ばしました)

この経路に従い片道の切符を購入しました。この切符は経路が規則に違反していないかなど確認する作業が何度も行わなければならないため、発行に時間を有します。

経路を自分で入力してオーダーを作り、そのオーダーを新宿駅に持ち込みました。そうすると経路確認でき次第電話すると言われ、提出が完了となりました。これが6月の下旬だったと思います。当初は2週間で終わると思っていた審査が3週間かかったことにより、受け取りが大幅に遅れてしまいました。これは3週間後には日本一周がスタートしてしまう関係です。その後のことは①にて記述します。

 

上記の3つの目標を達成するためには、購入した切符のルートを必ずしもすべてを通らなければいけないわけではありませんでした。しかしそのルートに全て乗車をすることを完遂すればさらに旅行の価値を高められると考え、

・「最長片道切符の旅」の遂行

という副次的な目標が追加されました。

これにより4つの大きな目的を持ち旅行を開始することとなります。

 

読む上での注意点

今回記事を書くか書かないかで迷った点として、他人に推奨できない行為を多く行っているということがあります。簡単に言うとこのブログの真似をしないでほしいということです。例えば公園で勝手にテントを張る(一応禁止されていないかは軽く調査はしている)やホーム上を全力で走る(人とぶつかったことは一応ない)など、その都度注意書きはしたいとは思いますが無意識に危険なことをしている場合もあります。その場合は是非指摘していただきたいのですが、このブログの情報を参考に旅程を立てることはお控えください。皆様は是非一度ご自身でお調べになって、信ぴょう性の高い情報を用いて旅行を行ってほしいと考えます。

お久しぶりです

前回で活動方針を示したもののその趣旨のブログを一つもかかず時間がたってしまいました。というのも今回動画を作成させていただくことになりまして、その準備に時間がかかっておりました。とはいえ動画の下準備にもこのブログは使っているので、今後も更新していく必要がありますので、今後ともよろしくお願いします。

 

Youtubeチャンネル

www.youtube.com

九州旅行 後編

ついに大型旅行もクライマックスです。ぜひお楽しみください。

 

4日目(2021年1月4日)

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本日の移動はこのようになります。

 

佐賀県の鉄道に乗車

佐世保線(0621佐世保~0647有田)

快活クラブからは昨日と同じ佐世保中央まで歩いて列車を乗り継ぐより、直接佐世保駅まで歩いた方が早かったのでそのようにしました。今回乗り込んだのはみどり2号です。こんなに短い時間でも安く時短性が高かったので特急を使いました。まだ薄暗い中を進み有田駅で乗り換えます。

 

松浦鉄道西九州線(0700有田~0728伊万里)

思い出の路線にもう一度乗車です。昨日の会話を思い出しながら駅メモをプレイしているうちに伊万里駅に着きました。

 

筑肥線(0740伊万里~0841西唐津)

ここからは筑肥線に乗ります。筑肥線は今から乗る区間は非電化で本数も少ない区間です。唐津から先は電化されていたて都市らしい風景が広がりますが、こちらは乗るために少し難儀しました。昨日食べきれなかったカステラの切れ端など食べながら列車を満喫しました。寝ぼけていて写真もあまりとらなかったので一瞬で時間が過ぎました。

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西唐津ではあまり時間がなかったので一枚パシャリと撮っただけにとどまりました。再び訪れる予定もあるので、その時は名物など食べれたらいいなと思います。

 

唐津線(0845西唐津~0907唐津)

西唐津駅から唐津駅区間は一応筑肥線唐津線の列車両方が乗り入れることになっているのですが本数が少ないこと。ほぼすべての列車は唐津駅で終点となっているようで扱いが難しい区間でした。戸籍上は唐津線の扱いになっているみたいですね。

 

筑肥線(0907唐津~0952筑前前原)

こちらは本数が多い筑肥線です。筑肥線唐津スイッチバックする形になっており、そこですべての列車が分断されほぼ違う路線となっています。これはもともと真っすぐな線形で繋がっていたのですが唐津線を通す際にこのように分断されたという歴史的経緯があります。地下鉄の関係だったですかね?ちょっとわかりませんがそのような感じです。

 

筑肥線、福岡市営空港線(0953筑前前原~1030天神)

ここからは通勤客が一気に増えましてだいぶ都会的風景になって来ました。私もそれに紛れまして予定より四、五時間遅れで天神に到着です。

 

西鉄天神大牟田線(1038西鉄福岡(天神)西鉄二日市~1106桜台)

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天神で西鉄に乗り換えます。純然たる私鉄に乗ったのは久しぶりですね。本当ならば太宰府天満宮などで初詣とかもよかったのですが情勢も考えると今回は断念になりました。西鉄二日市駅で緩急接続をはさみ桜台駅で降りました。

ここから歩きまして有名な撮影地を目指します。

 

テンハルで撮り鉄

桜台駅から歩いてJRの天拝山と原田の間にある撮影地を目指します。ここは通称テンハルと言われていて有名な撮影地となっております。旅程の遅れにより急いで向かいます。最初はネットで調べていた撮影地に向かいました。

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丁度来た黒かもめをとらえました。なかなか良い映りだと思います。

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この後地元の方のおしゃべりに参加したところここはこれから光線が厳しくなるので別の撮影地の方がよいということだったのでそちらに移動しまして撮影続行です。

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最初は特急ゆふが来ました。赤くてかっこいいですね。

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お次は特急みどりです。

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そしてついに白かもめが来ました。これを撮りにテンハルに来たといっても過言ではありません。この車両が颯爽と走って行ってかなりかっこよかったです。うまくいきまして大満足といった感じで原田駅まで歩きます。ただ最初のところでも白かもめを撮りたかったなと思い、次回も訪れたいいなと考えていました。

 

鹿児島本線(1326原田~1345博多)

原田からは鹿児島本線の快速に乗り込みます。赤い車両に乗りまして博多を目指します。

 

天ぷらを食べ熊本へ

㊺福岡市営空港線(1350博多~1356天神)

地下鉄で昼ごはんを食べに向かいます。

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福岡で有名な天ぷらひらおです。ここは注文があってから天ぷらを揚げてその揚げたてを一品一品でき次第出してくれます。その形式の天ぷら屋の火付け役なんだと思います。その関係で食べ物自体の写真はないですがとてもおいしくオススメです。

 

㊻福岡市営空港線(1436天神~1442博多)

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その後は新幹線に乗るために博多に戻りました。

 

九州新幹線(1450博多~1540熊本)

その後はつばめ327号で熊本を目指します。

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この形の新幹線に乗ります。九州感があってよいですね。この乗車で九州新幹線は全線乗ったことになりますからちょうどよかったです。50分ほどであっという間に熊本についてしまいました。

 

熊本市電を撮る

熊本市電A系統(1549熊本駅前~1605熊本城・市役所前)

市電で熊本城の最寄に行きまして日が沈むまで写真を撮ります。

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新しめの車両と熊本城です。日が沈みかけているのがまたいいですね。

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風情ある車両も来ました。光の調節でこちらは昼みたいな写真になっています。

そのまま撮っていると時期に暗くなりました。

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ライトアップされた車両が来ましてとても映えました。

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こちらも風情ある夜の市電を撮れまして大満足の撮影となりました。今回の旅行では拠点のように熊本を何度も利用しましたが市電の写真は撮っていなかったのでうまく撮れてよかったです。

 

熊本市電A系統(1823熊本城・市役所前~1841熊本駅前)

熊本市電に乗りまして熊本駅まで折り返します。

熊本駅ではこの後に備えての弁当やお土産など一気に買いましてホームに行きました。

 

三角線に乗る

鹿児島本線三角線(1911熊本~宇土~2004三角)

その後は時間があったので三角線に乗りに行きます。

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地元客と混じり国鉄型車両に揺られて三角を目指しました。

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約一時間乗ると三角につきました。ここで自撮りをして折り返します。

 

鹿児島本線三角線(2032三角~宇土~2125熊本)

51以上は〇+数字の文字がなくなってしまうので便宜上これで51とさせていただきます。

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車窓からはくまモンの看板が見えました。

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ここで車内が空いたのでさきほど買った弁当ヒライの弁当を食べました。弁当ヒライは熊本の名物です。この安さでこのおいしさかと驚くばかりです。そうこうしていると再び熊本駅に帰ってきました。先ほどのお土産屋はだいたい19時閉店だったみたいなので駆け込みで大量に買っておいてよかったです。

 

熊本市電A系統(2129熊本駅前~2213健軍町)

再び市電に乗りましてまだ時間があったので市電に乗りに行きました。今回は終点の健軍町まで行きます。

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40分ほどで健軍町に着きました。

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終点を見るのが好きと書いたいてたと思いますが、今回もターミナルの訪問です。

このようにぶつ切りになっていますがこれもまた風情があってよいものです。伸ばそうと思えば伸ばせるといった感じでしょうか。

 

熊本市電B系統(2220健軍町~2233新水前寺駅前)

市電にて今回の宿泊地の方に向かいます。換気のために窓が開いていてすごく寒かった記憶があります。

 

豊肥本線(2301新水前寺~2303南熊本)

新水前寺では豊肥本線に乗り換えました。一駅で南熊本に到着です。ここは駅近の快活クラブがありまして徒歩10分もかからず到着しました。

無事にここまでくれば明日は東京に帰るだけです。

 

5日目(2021年1月5日)

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五日目は空港に行くだけといった感じになります。

 

日本航空で東京へ

豊肥本線(0540南熊本~0613肥後大津)

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肥後大津行きの列車で終点まで行きます。鹿児島本線は赤の普通列車が多いのでかっこいいですね。

 

⑥空港ライナー(0620大津駅南口~0635阿蘇くまもと空港国内線ターミナル)

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大津からはバスかと思っていたのですが普通の車が来ました。これに乗るのかな?と少しあたふたしましたがどうやらこれみたいです。乗換案内をよく見ると乗り合いタクシーと書いてありました。これに乗ったのですが乗客はほかに一組しかおらず普段はどのように輸送しているのかと疑問に思いました。15分ほど乗りまして熊本空港に到着です。

こんな朝早い時間ですが空港の売店は営業しておりましてとても助かりました。チェックインした後にお土産を大量に購入しまして出発ゲートに向かいました。

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帰りは日本航空の飛行機です。LCC以外の飛行機に乗るのはかなり珍しくとても楽しみにしていました。これはクレッジトカードでためたマイルによるものでこれを特典航空券といいます。本来ならば福岡空港から昨日帰りたかったのですが、特典航空券によって予約できる席はとても少なく最速で5日の熊本空港からの便となっておりました。しかし現金がかからないのはとても大きなことですのでこれに乗る以外選択肢はありませんでした。

 

日本航空 JAL622便(0735熊本~0905羽田)

搭乗ゲートから地上に降りずに直接乗り込むということにとても新鮮味を感じながらの飛行機に乗り込みました。乗り込んだ機体はボーイング738です。

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先に離陸する全日空の機体を見ながら離陸開始地点まで回送します。

一旦止まりましてテイクオフです。滑走路が長いのか滑らかな加速だったかなと思います。

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窓からは面白い田畑の風景が見えました。まるでストラックアウトの的のようです。

しばらくすると安定飛行に入り機内wifiが使えるようになりました。飛行機の中ではオフラインが当然のことでネットが使えるとはなんとも素晴らしいことだと感動しました。これはすごく快適で楽しいです。

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このように現在地を見ることもできます。このような楽しみ方ができるのはとてもありがたいです。

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今回の飛行機の情報も見れました。

ラインなど見ながらダラダラ過ごしていると気づいたら下に陸地が見えました。

地図を見ると房総半島だということがわかりました。

九州は曇っていて雲海という景色でしたが、関東の方は晴れているのだなとはるばる移動したことを実感しました。 

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途中では旧日本海軍の海保が見えました。これも大変貴重な経験だと思います。

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こんな感じで飛んできたのかとルートを見ていると間もなくベルトのランプがつきました。これで九州旅行も終わりかと余韻に浸りながらの着陸です。海から急に滑走路が現れると間もなく着陸しました。LCCではないフライトを存分に楽しめたと思います。到着も羽田空港と大変便利なものです。

羽田からはJRなど利用しまして帰りました。

これにて九州旅行、そして長かった最長補完計画が終了しました。

 

まとめ

今回は気合を入れて書くと書きましたが途中から時間がなかったり結局中編から内容は普段通りな感じになりましたが何とか書ききりました。今後は部分部分で内容を追加更新していこうと思います。ここまで読んでくれた方々ありがとうございました。

今回の成果は以下の通りです。

 

日豊本線(鹿児島~宮崎、大分~別府)

九州新幹線

鹿児島本線(宇土~長洲、博多~原田)

豊肥本線

久大本線

長崎本線

大村線(早岐~彼杵)

佐世保線

唐津線(西唐津唐津)

筑肥線

三角線

以上となります。