日本一周旅行後編⑯(終)
9/7
本日の移動履歴です。ついに旅もクライマックスを迎えます。
テントで早々に目を覚ました。今日のための充電が乏しかったので、充電場所のありそうな場所を調べたところ、奇跡的にコンビニがヒットしたので朝飯がてら歩きました。
自分の体力よりも充電の方が大事なので寝る時間を惜しんででも充電時間を確保します。とはいえ今日で旅も終わるので最後の体力を使い切る気もちで挑みます。長崎市への思い出に浸りながらちゃんぽんを食べました。今回は行けませんでしたが、歴史など含めて好きな場所なのでまたいつか行きたいなと思いました。
時間になったら駅まで向かい列車に乗っていきます。
㊸大村線、佐世保線(諫早~早岐~佐世保)
時間が有り余っていたので写真を撮りました。前の記事でも書きましたが、この路線はもともと長崎へのアクセス路線として作られた路線で、早岐で博多方面から諫早方面に直接乗り入れられるような構造になっています。博多方面から佐世保方面へ行くにはスイッチバックが必要で、佐世保線の特急列車は早岐で大村線方面か佐世保方面へと分岐していきます。そのような事情からこの列車は折り返しなしで佐世保方面へと進むことができます。二つの路線を跨いでいきますが、運転系統としては一体的で大村線の列車はほとんど佐世保まで乗り入れます。大村線には彼杵まで乗車した経験があり、ハウステンボスなど見えたのを覚えています。逆に諫早から彼杵までは未乗区間となっていて、綺麗な車窓を期待していました。
しかし先ほど機材の充電を優先し体力を回復しきれなかったことが災いし車内で熟睡していまいました。未乗区間は楽しみたかったのでなるべく寝ないようにしてきましたが最終日であえなく撃沈です。この辺はまたリベンジする必要がありますね。
起きるとすでにハウステンボスを超えていて車窓から海は消えていました。既に乗車していた区間にはいっていたので二度寝するとすぐに佐世保につきました。一時間ちょっとの乗車でしたが一瞬で終わってしまいました。
佐世保では佐世保バーガーリベンジ編として佐世保バーガー本店に向かうバスに乗ります。このために綿密に複雑なバスの系統を調査し、長崎まで行かず諫早での野宿など敢行しました。
しかしなんとここで現金が尽きてしまいバスに乗ることができなくなってしまいました。クレジットや電子マネーは基本後払いなので旅終了後の支払い前提ですが現金がなくても使うことができます。しかし現時点でも様々な形でご支援をいただいていたのですが、それも使い果たしてしまい佐世保バーガー本店行きはあきらめざるを得なくなりました。しかしここで諦めず、本店以外に佐世保バーガーを食べれるところを探しました。どこも営業開始が遅く列車の都合も考えると大変選択しが狭まります。とりあえずそれらの店の開店まで市内を散策することにしました。
駅から少し歩きまして中央公園という場所を通り過ぎようとしたところ何やら機関車が見えました。
なんとまさかのデゴイチと遭遇です。こんなところで見るとは思ってもみませんでした。少し歩くと何やら絢爛な建物も見えました。
佐世保市民文化ホールです。特にこの建物は旧海軍佐世保鎮守府の凱旋記念館とも呼ばれています。この建物は第一次世界大戦にて日本が連合国側で参戦し、佐世保鎮守府所属の艦隊が地中海での護衛任務にあたった際、その献身的な姿勢がイギリスから高く評価され、活躍を認められたことを記念して建てられたものです。海軍の催事や第二次大戦中には軍と合同の葬式会場などとして使われました。戦後は米軍によってダンスホールや映画館として活用されていましたが、返還された後は市民文化ホールとして佐世保市により運営されています。
そしてまた少し歩くと米軍関連の施設のようなものも見えました。
海軍佐世保基地の入り口です。この後ろにも何やら設備がありましたが、そちらは撮影禁止とのお触書が英語でなされていました。
佐世保の市街を一周してみて軍港の町としての繁栄を肌で感じることができました。前回の訪問時はこのような施設は見学できなかったのでよい機会でした。
駅に戻ってくるとJR最西端の碑があったので自撮りしました。これで東西南北コンプリートですね。
この後は港側にあった佐世保バーガーの店に行ってみました。
シークイーンという船が停まっていました。港のいい雰囲気が漂います。しかしここのお店も軒並み現金決済のみということであえなく断念しました。
再び駅に戻り列車を一本遅らせて高架下のチェーン店にかけることにしました。ログキット佐世保駅店です。さすがにここはチェーン店だし電子決済に賭けて開店待ちをしました。
しかしなんとここも現金のみということで、残念ながら佐世保バーガーを諦めることになりました。
このゆるキャラなんだか残念な思いに拍車をかけます。こんな西の端にリベンジポイントを作ってしまったなと思いましたが、それもまた良い経験だったなと思うしかありません。次の列車で佐世保を脱出します。
㊹佐世保線(佐世保~肥前山口)
ここからは特急みどり号で肥前山口を目指します。肥前山口は最長切符の終点として有名なところで、この旅で使用する切符も終了になるところです。しかし新幹線の開業により駅名が変わるみたいで、時代の流れを感じざるを得ません。北海道の根室本線の部分廃止によりルートも大きく変わるみたいで、最長切符による日本一周というよな文化が今後衰退してくことを考えるとなんだか悲しいです。逆に言うとなくなる前の駆け込み需要で前例にない盛り上がりを見せる可能性があります。星がなくなる前の最後のきらめきのようなもので、私もまたその旅行者の一人であります。よく若い鉄道マニアがもう少し前の時代に生まれることができればと言いますが、それはどの時代に生まれてもあることです。それよりも僅かながら残る前世代の遺産をを十分に記録しておき、後世に伝えていく必要があるのではないでしょうか。今当たり前のものもいつかは昔の出来事になりますのでそれもしっかり目に焼き付けていく必要があると思います。今話題のものだと小田急のVSEなどが最たる例だと思います。あの車両がこんなに早く引退するなんて誰が予想できたでしょうか。おそらく今の子供世代でロマンスカーが好きなかたはもう少し早く生まれていればと思うはずです。与えられた現状の中で悔いなく生きていくことが大切だと思います。
話がそれましたが最終回ですし少しはいいでしょう。ともかく佐世保線に乗っていきます。前の記事で書きましたがこちらも長崎へのアクセス路線として作られた路線で、後に佐世保方面へのアクセス線が延伸される形で追加されました。当初はその佐世保アクセスのための区間のみが佐世保線とされていましたが、バイパス路線の建設と同時に山口までが佐世保線に編入されました。
車内でこれまた長崎市への思いをはせてカステラを食べました。早岐でハウステンボス号と併結し、思い出に浸りながら一時間程走ると肥前山口に到着です。列車は博多を目指し走っていきますが、今回はここで下車します。
改札の外には最長切符関連のモニュメントがあります。まさに旅の終着点といった感じです。
ホームには旅情の石碑などもありました。シャツがくそでてるのが気になります。もう旅も終わりかと余韻に浸っていましたが、帰るまでが旅行です。エピローグのような形になりますがまだ目標が残っているので先に進んでいきます。
㊺長崎本線(肥前山口~久保田)
ここからは普通列車で唐津線との乗り換え地点である久保田を目指します。数駅に先に県の中心である佐賀の市街があるのですが、今回は観光スポットに足を運ぶため乗り換えていきます。
㊻唐津線(久保田~唐津)
最後の未乗路線となった唐津線に乗っていきます。この路線はもともと唐津炭田で採れた石炭を唐津の港まで運ぶために建設された唐津興業鉄道の路線でした。この路線ももれなく炭鉱で栄えた路線というわけです。その歴史背景から長崎本線と合流する久保田からではなく唐津側から線路が伸びていきました。もともとは様々な支線も有していいましたが、国鉄のごたごたですべて廃止になりました。唐津へのアクセスとしては地下鉄と直通する筑肥線にシェアを大きく奪われており、短い気動車が細々と走る路線となっています。そんな路線を一時間ほど行くと唐津に到着しました。
これにて現状乗車可能なJRの全路線の乗車が完了しました。今回の旅のすべての目標が達成され完結しました。とても感慨深く様々な感情がこみあげてきますが、佐賀県内を通り過ぎるだけにしておくのももったいないので唐津の観光をしていきます。
駅から数十分歩きましたが唐津城です。昔はレンタサイクルあったみたいですが今はなくなりました。
遠くから見るとこんな感じです。崖の上に立っているのが印象てきですが工事中です。天守の中には入れなかったので写真のみ撮って撤退しました。
唐津城の直下にある学校です。この場所は歴史のある場所で、唐津藩によって開かれた学校がもともとあった場所です。高橋是清など有名な人物も輩する学校でしたが後に移転し、現在では早稲田付属の学校が建設されるに至っています。
観光の後は唐津駅にて列車の写真を撮っていきます。
まずは筑肥線の西唐津行が来ました。この駅は唐津線と筑肥線の単線並列になっていて、それぞれが二股に分岐し二面四線となっている都合上ここの場所からだけでも様々な列車を撮るかとができます。
晴れました。貫通扉に103と書いてあるのが特徴的です。
折り返し筑前前原行の後追いです。わかrにくいですが前照灯の下のライトが赤く光っているので後ろ側であることがわかります。
唐津線の西唐津行列車です。筑肥線の列車とは打って変わり国鉄感がします。
こちらも唐津線で佐賀行の列車です。後追いですがよく撮れてると思います。
最後に筑肥線を後追いで撮りました。旅の終わり感が出るいいショットじゃないかと思います。
撮影を終えたら先ほどコンビニで調達した飯を待合室で食べました。
佐世保バーガーが食べれなかったはらいせに唐津でハンバーガーを買いました。本日の行程のリベンジに来ることを誓い旅を終わらせていきます。
㊼筑肥線(唐津~姪浜)
前回の旅でも最終版に乗車した筑肥線ですが、今回も最後に登場です。最後のJR乗車路線であるとともに、福岡空港まで直通する列車であるので最後に乗車する列車です。
列車は出発すると虹の松原の脇を走っていきます。車内からでも竹林を見ることができるくらい大きな松原です。筑肥線の唐津以西の区間はほぼ全域にわたって通勤通学需要があり大変混雑している路線です。今回の乗車でもそうで車窓をゆっくりみれるような場所はあまりありませんでしたが、ざっくりとみていきました。
松原を過ぎると時期に唐津湾が見えます。海が見えてきたなと思うとすぐに福岡県に入り徐々に町の規模が再び大きくなっていきます。特に筑前前原周辺は大きな街で前原止まりの列車も多くあり、福岡市営地下鉄の多くもここまでの直通列車が多くあります。筑前前原を超えると複線になり、地下鉄の車両とも度々すれ違います。
しばらく乗車し姪浜を過ぎると地下鉄空港線に入り地下に潜っていきます。地下に入ってからは30分ほどの乗車で福岡空港に到着です。約2時間の乗車となりましたが、あっという間についてしまいました。
福岡空港でお土産などを一気に調達し、成田行きの飛行機に乗っていきます。
外もすっかり暗くなり機体の色が目立ちます。このジェットスターの便で東京に向かいました。
機内で一杯やりました。無事に帰ることができたことへの祝いです。同時にこの旅行の事後処理のことを考えると大変なことが予想されるので、それに向けて一息ついておこうという感じでした。
そんな感じで二時間弱乗るとあっという間に成田についてしまいました。これにて最長片道切符による日本一周旅行が終了しました。
ここまで読んでいただきありがとうございました。それと旅のご支援をいただいた方々も改めてありがとうございました。少しでも旅の様子をお伝えできればいいなと思っていましたが、昨今鉄道業界に新たな波が押し寄せ最長片道切符の記録としては十分なものになったんじゃないかと思います。別媒体での記録などもあるのでいつか活用の機会があればさらに詳しい様子がお届けできると思いますのでご期待いただければと思います。
JR路線乗車のすべてを記事にすることはできていないのですが、最終版をお届けする形でこのブログの内容はすべて終了とさせていただきたいと思います。もし何か記録したいことがあれば新しく記事を書くかもしれませんが、現時点では新たな記事は書かないつもりです。
今後は別のブログシリーズにてもっと大勢の方に向けた読みやすい物流や交通への考察を書いていきたいと思っています。もし実現すればお伝えしていこうと思うのでその際はよろしくお願いいたします。
ご閲覧ありがとうございました。