九州旅行 前編

今回は記念すべき第十回目の大型旅行であり、最長補完計画の集大成である「九州旅行」についての記録です。

集大成に相応しい動画の台本にできるくらいの完成度を目指して、記録の方も一層力を入れて書いていきます。

 

 

旅行地の選定、実施に至った経緯と目標

以前紹介した最長切符補完乗車計画、略して最長補完計画に基づいた旅行で残る地域は中国地方旅行を終えると九州地方のみになりました。大学3年になる前にその計画を終えるため、2020年の3月に九州旅行が予定されていました。しかし新型コロナウイルスの流行によりこの旅行は延期されました。最初は夏に旅行を行えないかと試行錯誤し、具体的な計画もありましたが結局断念せざるを得ませんでした。

秋頃になるとGo toキャンペーンが始まるなど、感染防止の政策とともに旅行を奨励するような政策も同時に採られるようになりました。そこで短期間ですが休みのある年末年始に照準を定め、九州旅行の計画を再び練り始めました。旅行の規模を大幅に縮小した上に、年末は人の流れが増えることを考慮してそれに逆張りするような旅程を組むように考えました。

冬に計画された段階で私の友人であるBくんを一緒に旅行に行かないかと誘いまして、是非行きたいとの返答を頂くことができました。大変嬉しかったので旅程の計画を考える手が止まらず、旅程はすぐに出来上がりました。

旅行実施の2週間前になったところで突如年末年始のGo toキャンペーンが中止ということが発表されました。東京都民によるGo toトラベルの利用の自粛、つまり旅行の自粛要請は12月18日から12月27日出発分までということでした。Go toキャンペーンの恩恵は受けられませんが旅行の自粛要請には該当しなかったため、十分に注意しながらの旅行を決行することとしました。

しかしBくんから旅行を中止したいとの申し出がありました。私は九州旅行を中止とするか、一人旅行として決行するか迷っていました。

私の価値観として、人と一緒に使うお金と自分一人のために使うお金では価値が変わるという考えがあります。旅行の規模縮小のため旅程を圧縮する必要があったので、高いが質の良い交通手段を多く取り入れていたので予算はもともと高く設定されていました。その高い予算が前述の価値観によって倍額になったように感じてしまいまして、旅行を中止する方向で考えていました。

しかしBくんは一人でも楽しんできて欲しいと言ってくれまして、経済面の支援までいただいたので一気に旅行を決行する方向に進みました。

旅行の規模との折り合いを考え、目標は駅メモにおける長崎県佐賀県の全駅取得になりました。最長補完計画も規模を縮小して盲腸線は最長切符旅行時に乗ることとしまして、それ以外の補完路線に乗車をすることになりました。

 

1日目(2021年1月1日)

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一日目の移動履歴です。駅メモの機能を使ってもよいのですが、移動距離が長いと縮尺の関係で行程がわかりづらいのでgooglemapで作成したものを載せました。

 

この日は成田空港からの飛行機で九州島に向かう旅程でしたが、どの経路が安くいけるかを検討しました。その結果、京成本線で向かうことが一番安いと判明したので、どうせなら上野駅から乗車しようと思いまして準備をしました。そうすると4時台の始発で旅をスタートさせなければならなかったので、夕方に起きて大晦日を楽しんでから準備を開始しました。そして3時頃に早々にお雑煮を食べて、清々しい気持ちで出発しました。

 

経路に選んだ京成本線ですが、これが面白かったので紹介したいと思います。少々鉄道色の濃い内容となっております。わかりやすく書いたつもりですが、短い文章ですので難しい方は流して読んでいただければと思います。

 

京成電鉄の紹介

私が乗車した列車は京成上野駅06:07発車の快速成田空港行きでした。この列車では京成本線経由と案内されています。これは京成電鉄が運行する列車で成田空港に行く経路が2種類あるためです。

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京成電鉄成田空港線と本線で2通りの経路で成田空港に至る列車を運行しています。京成本線は古くから京成電鉄が所有して列車を運行している路線です。成田空港線は160km/hの速度を出す京成スカイライナーの運行などもありますが、このルートを走る列車は京成電鉄の線路をほぼ通っていません。

これはどういうことか説明します。鉄道という交通機関はある会社が線路敷き、その会社がその線路に列車を走らせるということが普通です。しかしバブル崩壊後の経済事情や、様々な理由が複雑に絡み合い、線路を所有している会社と列車を運行している会社が違うという事例がこの地域で多く発生しています。その理由については説明すると長くなるので割愛します。

上の図は列車を運行している会社の路線図となります。北総線押上線浅草線の列車は共通の車両を使用して他社の運行路線への乗り入れを行っています。それぞれの会社の切り替え地点で乗務員を全員交替し、それぞれの運行会社に帰属した列車として運行を行っています。一方、成田空港線の列車は京成上野から京成高砂を経由し成田空港まで全線にわたり京成電鉄が列車を運行しています。

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これが線路を所有している会社の路線図です。実に5つもの会社が細切れに線路を所有していて複雑になっています。因みに千葉ニュータウン鉄道京成電鉄が100%株を保有する完全子会社で、北総鉄道は50%株を所有し京成グループに加盟している会社、成田空港高速鉄道は30%株を保有する連結子会社となっています。

 

京成本線(0607京成上野~0734成田空港)

 成田空港線経由の方が時間は早いのですが先ほどの事情から、運賃が高いので節約のため本線経由の列車で1時間半かけて成田空港に向かいました。

 

成田空港では飛行機の出発まで時間があったので展望デッキで飛行機を見に行きました。デッキには老若男女様々な人が飛行機を見物していました。網がカメラの大きさほど空いている部分がありまして、そこから写真を綺麗に撮れるように配慮されていました。減便の影響もあり肝心の飛行機が来なかったので退却しました。

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その後は検査場など通り抜けて出発ゲートに集合しました。

出発ゲートからはLCCお得意のバス移動でした。

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しばらく移動すると、エプロンで乗る飛行機がタラップ車を取り付けられた状態で待っていました。

 

鹿児島までのフライト

Peach・Avistion MM555便(0900成田-1115鹿児島)

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乗り込んだ機体はエアバスA320でした。人が多く見えますが、お一人様の座先は隣を空席にするように配置されていました。もともとそれを考慮した定員を決めていたのでしょう。乗り込むといつも通りの説明などありまして、その後も長々と誘導路を回送しました。これはLCCの宿命なのでしょうがないですね。

しばらく走ると一旦停止しました。ここでエンジン出力をあげまして、ある程度まで出力があがるとブレーキを離して走り出しました。エンジンの駆動音と加速度を感じていると間もなく、少しふわっとした感覚がして陸地が離れ始めました。

その後は徐々に機首をあげて旋回も交えながら高度を上げていきます。

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動画を見る限りこの中に電車がいるみたいですが、全然見えないですね。空は快晴だったことと、LCCなこともあってかしばらく地表が見えたまま飛んでいきます。

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しばらく飛ぶと綺麗な初富士が見えました。空もめちゃくちゃ綺麗です。富士山を過ぎると見せ場も終わったかなという感じで、朝も早かったのでぐっすりお休みしました。

 

起きるとすぐ地表がすぐ近くまで見えていました。この飛行機は霧島高原の横をかすめるように目的地の鹿児島空港に到着する経路なようでした。山を過ぎたと思うと間もなく滑走路が見えました。タイヤが滑走路につくと全力ブレーキを掛けます。翼も空気抵抗を全力で受けるため稼働していました。無事に飛行機が停止しまして、降機が始まりました。この飛行機は気流の影響で20分ほど遅れて到着しましたので、早歩きでバスに乗るために鹿児島空港のバス停を目指して歩きました。

 

③南国交通 空港連絡バス(1145鹿児島空港-1229鉄道記念館前)

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バス停につきましたがまだバスは来ていなかったので、空港の中を見ているとすぐにバスはやって来ました。このバスに乗って駅メモ廃線として登録されている宮之城線の駅を取得しに行きます。

 

宮之城線と鉄道記念館の紹介

宮之城線はかつて鹿児島県の薩摩大口駅から川内駅を結んでいた鉄道路線です。この路線は国鉄末期に輸送状況からバス転換が妥当とされる路線に指定されました。そして国鉄の分割民営化の三か月前に廃止されてしまいました。あと三か月生き延びれば宮之城線はもう少し長く存続していたかもしれません。

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そして宮之城線の駅であった宮之城駅も廃駅となりましたので、その跡地を使って鉄道記念館を作ったのでした。

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まずはSLのオブジェがありました。国鉄D51形蒸気機関車です。この機関車は国鉄が大量生産し、日本の機関車1形式の両数で最大を記録した車両です。加えて現場の機関士にも操作性の良さから人気があり、この車両の愛称「デゴイチ」は日本の蒸気機関車の代名詞にもなりました。2017年には西日本の200号機が山口線SLやまぐち号で復活を果たしました。SLやまぐち号は現在も臨時快速列車として運転されています。この列車は蒸気機関車により運行される動態保存列車の緒とも言われています。

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駅の記念碑もありました。近くの信号やバス停の名前は宮之城駅のままで残っており、ここに駅があったという痕跡が色濃く残っています。

そして鉄道記念館の本館の紹介です。

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私が訪れたときは本館は休業日でしてこの建物を本館だと思っていなかったので、ちゃんと写真を撮っていませんでした。ですのでwikipediaから写真を引用させていただきました。この建物は駅舎をそのままバスの待合所や観光案内所えお併設して活用したもので物産館などもこの中に入っていました。休業日につき中は見れませんでしたが、中には鉄道の記念物なども展示されているみたいです。休業日でも鉄道記念公園のような感じで楽しめましたし、とても興味深い施設でした。

 

JR九州バス 北薩線(1300宮之城-1434高見馬場)

たくさんのバス停のポールがたっているところに鹿児島駅方面のバスが来ましたので、これに乗ります。

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1時間ほど山間を行きますと開けた鹿児島市街にでました。そこからは市街地の路線バスという属性を強め、バス停の距離が近くなると同時にお客さんの乗降が増えてきました。私も鹿児島駅より手前の高見馬場というバス停で下車しました。

 

鹿児島市街の観光

そこからは「そば茶屋吹上庵」というお店を目指し5分ほど歩いたのですが、元旦ということでお休みしていました。ここで元旦ということを改めて実感させ、そりゃそうだよなぁと思いました。一応昼食の候補であった「焼肉なべしま」と「鹿児島 餃子の王将」も近かったので訪れましたが、もちろん定休日でした。そうなれば観光の時間が増えたなとポジティブにとらえ、歩いて城山公園を目指しました。しっかり店名を書いている理由は、次訪れるときのための自分用のメモも兼ねてのことです。皆さんもよろしければ参考にしてみてください。

市街から城山公園の方を見ると聳え立つ山が見えました。公園どこにあるんだろうかと思いながら歩きますと、何やら人が多く集まっている場所が見えました。照國神社という神社がありましたので、そこに初詣に来た参拝者でした。この神社が公園への入り口だと思い脇道を進んでみましたが、行き止まりだということがわかり引き返しました。その神社の外側の脇道が公園に続く道だったようです。その脇道に入った途端急こう配が待ってました。

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写真ではわかりにくいですが結構な坂道です。ですがこんなのは序の口でその先ではもっと過酷な勾配が待っていました。徐々に道が険しくなっていき、ついに階段が始まりました。

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なんだこれと言いたくなるほど、階段が長々と続きます。もう息絶え絶えでしたが途中で諦めるわけにもいかないし、若者なのに途中休憩するのも癪だなとか考えながら足を上にあげていきます。体に蓄積されていく位置エネルギーを足で感じながら進んでいきます。冷たい空気で肺が焼けそうになってきたころ公園の入り口につきました。

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階段を登り切った瞬間駐車場が現れました。ここまで車で来れるんかいと心の中でツッコミを入れましたが節約のためにタクシー使うことはあり得なかったなと自問自答しまして、写真の奥の方に見えている売店の通りを進みます。

しかしその売店はほとんどがシャッターを閉めておりまして、訪れる予定だった旧札をおつりでくれることで有名な売店も閉まっていたと思います。というのもストックの旧札にも限りがありますのでそろそろそれが尽きてもおかしくないという時期にさしかかっており、その店は開いていたけども旧札はもう取り扱っていなかったということもあるかもしれません。多分元旦につき定休の方だと考えていますが。

売店通りを抜けるとやっとの思いで城山公園につきました。

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城山公園の看板と展望台への案内が見えもうすぐだなと早まる足で進みます。徐々に桜島が見え始め、広場のようなところに出るとかなりよい景色が見えました。

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もくもくと煙を上げる桜島鹿児島市街を一望できます。木の葉っぱも冬ですが枯れずに残っていてとても雰囲気がよかったです。ここには地元の方や観光客も少しいて、通常時は多くの人でにぎわっているのだろうなと思います。

この景色を見たら先ほどの一店舗だけ空いていた売店に行きました。そこで箸を買って下山します。路面電車の停留所に向けて何十分か歩くと、天文館通停留所に着きました。

 

鹿児島市電2系統(1602天文館通-1612鹿児島中央駅前)

天文館通の看板と路面電車です。

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江戸時代に薩摩藩主が天体観測や暦の研究施設として、明時館と呼ばれる建物を建てました。この明時館は別名天文館とよばれており、それがこの辺り一帯を天文館と呼ぶことになった由来です。現在その建物は残っていないですが、この停留所の近くで天文館跡の碑を見ることができます。この電車に10分ほど乗りますと鹿児島中央駅前停留所に到着です。

鹿児島中央駅は新幹線が来るまで西鹿児島駅という名前でしたので、地元の人からは西駅として親しまれていたらしいです。そんな中央駅の観覧車を見ながらJRの駅へと乗り換えます。昼食を食べ損ねていたので調達しようと思い、駅前のぐるめ横丁に入りました。そこで弁当のお持ち帰りなるものがあったので注文しました。テイクアウトって便利ですね。

 

日豊本線宮崎駅の紹介

鹿児島本線日豊本線(1618鹿児島中央~鹿児島~1828宮崎)

ここから乗る列車はきりしま14号です。

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この787系電車は水戸岡鋭治さんがデザインした電車で、その先進的なデザインはグッドデザイン賞ブルーリボン賞など様々な賞を獲得しました。その先進的なデザインは通称水戸岡デザインと呼ばれていて、全国各地に水戸岡デザインの車両が走っています。その水戸岡デザインの火付け役となったのがこの電車です。

颯爽と乗り込み発車を待ちます。その間に先ほど買ったお弁当を食べる準備をします。

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「うまや」という定食屋さんでチキン南蛮弁当を頼みまして、自販機で知覧の緑茶を買いました。この先の目的地宮崎ではチキン南蛮を食べる予定があったのですが、事前に先ほど電話しところ留守でしたので定休だろうなと予測しました。そうなれば少しでも宮崎を満喫しようと思い、チキン南蛮弁当を選んだのでした。因みに訪れる予定だったのは「おぐら」という店です。

準備が終わると既に列車が動き始めていたのでお弁当を食べ始めます。腹ペコだったのもあってすぐに食べ終わってしましました。とてもおいしかったです。

広大な鉄道用地を見ながら鹿児島駅を過ぎると日豊本線に入り、徐々に海岸線が迫ってきます。

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鹿児島湾沿いに桜島を望める、なかなかいいスポットです。

しばらく海沿いを走ると加治木駅に止まりました。そこから先はシラス台地の急斜面中腹を縫うように進み、次は肥薩線が分岐する隼人駅です。かつて大隅線が分岐していて国分駅を過ぎるといよいよ霧島山が迫ってきます。途中、霧島神宮駅に止まりながら霧島山の山裾を超えて西都城に到着です。都城市は宮崎県第二の都市で、古くは都城県として一つの県の県庁所在地だった時代もありました。西都城都城と連続で止まりましてしばらく盆地を走り、鰐塚山地を超えると宮崎市郊外の住宅地にある清武駅に着きます。ここからは車窓に住宅が多くなってきまして間もなくすると、空港線日南線の分岐駅である南宮崎駅です。南宮崎を過ぎると県庁の最寄り駅である宮崎駅に着きます。

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宮崎駅前はそこらじゅうに南国を感じさせるような木が植えてあることで有名です。もう暗くなっていましたが南国の雰囲気を楽しむことができました。駅前にトロピカルハウスという売店があったので、日向夏ジャムを買いましてホームに戻ります。

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観光が少なめになってしまったので自撮りしておきました。JR九州の駅名表は真ん中にその駅を表すものが書いてあります。宮崎ではヤシの木のようのもの書いてありました。

 

日豊本線鹿児島本線(1900宮崎~鹿児島~2115鹿児島中央)

チキン南蛮の店には行けなかったので、予定を返上して早く帰ります。青島など観光もしたかったですが次回に持ち越しですね。

帰りの列車は入れ替え作業を終えて入線してきたきりしま19号です。

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再び同じ経路を辿って鹿児島まで戻ります。外は暗かったですが、霧島山の背の高い木が見えました。2時間ほどで再び鹿児島中央まで戻ってきました。ここからは旅行の規模縮小によって乗れなくなった指宿枕崎線に少しだけ乗ります。駅メモの攻略も兼ねています。

 

夜の鹿児島市

指宿枕崎線(2143鹿児島中央-2152宇宿)

きりしまと乗車券セットのネット切符を買っていたので、一回改札の外に出ましてスイカで入り直しました。南の果てまでスイカが使えるなんて、偉大なペンギンはどこまで顔が広いのでしょうか。2駅だけ乗りまして宇宿で降りました。ここなら市電の終電に間に合います。

 

鹿児島市電1系統(2204脇田-2223天文館通)

脇田停留所まで数分あるいて電車を待ちます。南の国でも関係なく結構寒かったです。もっと重装備でこなきゃだめだったかなと考えていると電車が来ました。これにのって天文館まで行きます。

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谷山方面から天文館まで行く電車はこれが最終でした。丁度よく間に合ってよかったです。

 

その後は恒例のラーメンを食べに行きます。停留所から歩いて「鹿児島ラーメン我流風」に行きました。

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もうこれがドはまりするくら美味しかったですね。今まで食べてきた中でも超タイプなラーメンでした。これは東京にチェーンがあったら是非行きたいなと思いました。ネタバレになってしまいますけどこの旅のラーメンの中でも一番タイプでした。

 

その後は快活クラブ天文館通店に行きまして本日は終了です。ここの快活クラブはかなり便利な立地にあって助かりました。元旦でも十分楽しめたと思います。

 

すでに長い記事になってしまたので記事はいったんここで区切ろうと思います。一番たくさん写真があるのが1日目だったので2日目以降は少し内容が少なくなるかなと思いますが、文章でしっかり伝えられるように頑張ります。