はじめに(書き直し)
以前「はじめに」という記事を書いたのですが、読みにくいという意見を頂きました。そこで記事を自分なりに読みやすく書き直そうということになりました。私は文才がないのでどこまで改善できるかわかりませんが書いていきます。
1,ブログのタイトルについて
まず旅客鉄道会社とはJR7社のことです。JRという言葉をつかった場合は、JR東日本、JR西日本、略してJR東、JR西など7社のうちの1社を指す言葉として使うと便宜上定めています。そして私が鉄道に乗るための目的は、ほかでもない旅客鉄道会社の鉄道にすべて乗ることです。これを表した言葉が旅客鉄道会社線完全乗車にあたるものであります。
そしてそれを達成するまでの旅行を記録したものが当ブログとなります。
2,ブログ開設のきっかけ
この記事を書いている現在、私が鉄道の乗車記録をつけ始めてから5年が経ちました。5年間その記録を誰かに公開しようとは一度もありませんでした。それは私が目標にしている旅客鉄道会社線の完全乗車があまりにも大きすぎる目標であったので、本当に達成できるかわからなかったからです。周囲に大々的に公開した後に失敗した場合はみっともないだろうなと考えていました。それらの理由で旅行は自己満足の範囲で行っていました。
しかし昨日の旅行により旅客鉄道会社線の乗車率が70%を超えまして、その目標達成が現実的になってきました。それと同時に目標を達成することの大きさを改めて実感させられ、何かの記録としてそれを残せればよいなと思い始めました。旅行を記録することにより目標達成の価値をより高めることができると同時に、読んでいる方々へ旅行に対しての思いや価値観、楽しみや興奮など伝わればよいなと思っております。
3,活動のきかっけ
私が鉄道に乗る趣味を始めるきっかけは一つのゲームにありました。
2014年11月にリリースされた「ステーションメモリーズ!」というスマートフォン向けゲームアプリです。このゲームはGPSを使い全国各地の鉄道駅を訪問し、他のプレイヤーと競い合う位置情報ゲームです。詳しい説明はwikipediaを参照された方がよいです。
私は様々なゲームをプレイしてきましたが、このゲームに新たなゲームの可能性を感じました。私がもしこのゲームをやめたとしても、そこには旅行をしてきた思い出や記憶が他のゲームよりも多く残るだろうと考えました。そうなると他のゲームに割く時間が徐々に減っていき、このゲームにのめりこんでいきました。このゲームをプレイする中で鉄道に乗る楽しさを知っていき、「乗り鉄」としてゲーム外での乗車も楽しむようになってきました。そのようにしてゲームの攻略が進むと、徐々に旅客鉄道会社線の完全乗車にも興味がわいてきたのでそれに向けて活動を始めたわけです。
拙い文章になりますが、ブログを楽しんでもらえれば幸いです。
北海道東北旅行 後編
この記事では北海道からの帰路を記述します。はたしてこれを帰路といえるのかわかりませんが。
7日目(2019年8月22日)
7日目の行程です。まだまだ続きます。
前回は夜しか見れませんでしたが今回は青森で暁を見れました。
早朝から津軽線に乗ります。
蟹田で運行形態が分離されているらしく必ず乗り換えが必要です。
寝ぼけてその乗り換えの時忘れ物をしてしまったのですが、ギリギリでおばさま方がそれに気づき列車に持ってきてくれたので事なきを得ました。大変ありがとうございました。しかしこれは大きな失敗とかんがみて忘れ物対策が必要だと対策を強いられました。
途中で貨物列車と新幹線の合流するための施設などあり結構楽しめました。
三厩では時間があったので少し歩くと海が見えました。
雲がどんよりしていました。
三厩の駅舎です。こじんまりしています。
阿仁合駅で乗り換え角館まで進みました。
もう少し勉強していけばよかったのですが、あまり覚えてないのが残念です。
今ならもう少し楽しめたのになと思います。
その後は田沢湖線で大曲まで進みました。
その後奥羽本線で南下します。この区間で駅メモの秋田県を全駅取得完了しましたので、中途半端なところですが折り返しました。最長補完に則っているのでこの区間はどこで折り返しても大丈夫でした。
この駅個人的にはトップレベルで難読だと思います。
盛岡まで東北本線で北上し快活クラブまで歩いたところで今日は終了です。
8日目(2019年8月23日)
八日目の行程です。体力的につらくなってきましたが進みます。
まずはIGRいわて銀河鉄道で二戸駅まで行き来ます。
そこからはバスで久慈駅へと抜けます。
南北統一された三陸鉄道に乗りに行きます。
⑳三陸鉄道リアス線(久慈~盛)
久慈駅からはこの列車でした。
この列車は旧山田線区間も通り一気に釜石まで行ってしまうそうです。
切符も一枚になりました。
釜石での乗り換えの時に止まっていた列車です。岩手県だからイシツブテを起用するのは面白いですね。この列車には乗れませんでしたがそのまま三陸鉄道で南下し盛駅まで行きました。盛では大船渡線に乗り換えますが、駅メモの方がちょっと調子が悪いのか接続状態があまりよくない状態が続いています。しかし駅自体は取得できるので先に進むことにしました。
順調に進んでいましたが乗車20分ほどしたところで駅メモが繋がらなくなりました。異変を感じ取り、近くに折り返し可能なバス停を瞬時に探して下車しました。折り返しのBRTなかなかこないのでそれ以外のバス停を探しました。
何もない野原のバス停ですが、バス停があるだけよかったです。とりあえず陸前高田まで戻ればなんとかなるだろうと考えそれに対し最適な行動をとれました。この対応はぼちぼちよかったと思います。折り返しのバスを待つ間に公式アナウンスがあり、外部のサービス障害が原因とのことでした。SNSなど見てみるとAmazonAWS東京リージョンというところで起きた障害らしく、駅メモ以外にもpaypayなど決済サービスや暗号資産系のサービス、その他多くのゲームなど影響が出ている大規模障害だということが判明しました。
大沢にバスが来たので乗って陸前高田まで戻りました。悔しかったですがしょうがないので陸前高田でラーメンを食べました。
これが結構おいしかったです。気分が回復するのにこれほどまでに貢献するとは思いませんでした。三陸にこれだけ来ていたのに名物を食べたのは初めてな気がします。今日中に復旧してくれれば気仙沼で一泊しようと目処を立てまして、陸前高田駅周辺を散策しました。今までの経験がものを言ったなと当時は思いました。
しかし陸前高田周辺には宿泊できるような施設はなかったので、今日中に復活してくれと祈るばかりでした。さもなくば野宿が決定していまいます。記事を書いている今ならそれも全然辞さないですがね。
その後祈りが届いたのか、AWSの復旧アナウンスはないけれども繋がる状況を確認したので緊急メンテナンスを終了しました。という運営から告知がありましたので、旅行を再開することができました。このときの運営の対応はよかったですね。これが19時くらいのことだったと思います。足が止まった時間は三時間くらいで済みました。
再び陸前高田からBRTに乗り込み、一時はどうなるかと思いましたが無事に気仙沼に到着しました。駅メモでの岩手県全駅取得も完了しました。その後まだ気仙沼線のBRTも動いていたので、ネットカフェの最寄り駅である南気仙沼まで行くことができました。そこでゆっくり休憩し無事に一日が終わりました。
9日目(2019年8月24日)
九日目の行程です。この日が最終日となります。
そこからは石巻線で小牛田へ。ここまでは前回乗ったことのある経路です。
㉒陸羽東線(小牛田~新庄)
この日は前日に快活クラブにとまれなかった影響でかなり写真が少なくなってしまっています。前日よりも行程の変更で手いっぱいだったということもあります。あんまり車窓の風景を覚えていないのは勿体なかったなと思いますが致し方ないことです。
㉓陸羽西線(新庄~余目)
新庄からは西線に乗り換えて余目を目指します。これも次の乗り継ぎが1分しかなかったり、そのために準備することがあったりと忙しかったです。
余目での1分折り返しに成功したので無事、山形県の全駅取得が完了し次に進めます。
そのまま新庄まで戻りました。
新庄からはバスに乗って仙台まで急ぎます。高速バス特急48ライナーです。この部分を発見するまでに相当な行程を考え、やっとみつけたパズルのピースがこれでした。朝から何も飲み食いしていなかったので、駅弁と飲み物を調達してバス停に行きます。ここで乗り遅れればすべておじゃんです。お祭りの影響でバス停が変わっていたみたいで焦りましたが、ちゃんとバスが来るところに行けました。お祭りを見物するくらいの心の余裕があればよかったのですが、時間的にも厳しそうでした。
バスの車内は空いていたので、ようやく一段落つきさっき買った弁当を食べました。
温めておければよかったなと思いながらも空腹ブーストで瞬時に食べきりました。
このバスを広瀬通一番街で下車し、地下鉄に急ぎます。
乗り換えが結構うまくいったので泉中央まで実際に行くことができました。ここで宮城県の駅を全て取りつくしました。
長大な旅行の成果の一つです。
泉中央からは折り返し仙台駅を目指しました。
その後時間に余裕がありましたので、仙石線の一駅だけの未乗区間に乗ることにしました。あおば通駅まで歩き仙石線で仙台駅に乗り込みました。
その後は常磐線でも帰れることに気づいたので、常磐線に乗り入れる列車に乗りました。
㉕常磐線(岩沼~水戸)
この電車は一気に原ノ町まで行くみたいです。復旧の準備が結構進んでいることがわかります。
乗り換えてこの列車で浪江まで行きます。
線量計が置いてありました。この分野については無知なので数字を見ても何もわかりませんが、普通の空間では大した事なさそうです。
この辺は徐々に代行バス区間が短くなっていってるみたいで、当時は富岡までの4駅の区間でした。
車窓を見ていましたが暗くてあまり見えませんでした。しかし一つだけ言えることは、私が見て来た東日本大震災の被災地の中で一番復興が遅いということです。ここに人が又住むことはできるのでしょうかと思ってしまいます。線量が下がったとしても一度住むことをやめた地区にまた人を定住させることは容易ではないと思う部分もあります。近年常磐線が全線復旧したのでここからが本当のスタートだと思います。
いろいろ風景を見ていますとすぐに富岡につきました。
富岡ではすでに次の駅名が書いてある駅名表を見ました。テープで隠してありますがこれは復旧の準備でしょう。
ここからは見たことある列車がバンバン走っていたので乗りまして、いわき、水戸、取手、日暮里と4回にわたって乗り換え新宿に到着です。これにて長い長い旅行が終了しました。
まとめ
今回の成果です。
石勝線
文字に起こすと意外とすっきりしますね。次回はもう少し小規模なものになりそうです。長大な旅行にお付き合いいただきありがとうございました。
北海道東北旅行 中編
北海道旅行の続きになります。
4日目(2019年8月19日)
四日目はこのような感じです。
早朝、東釧路駅まで歩きまして根室本線の花咲線と呼ばれている区間に乗ります。
太平洋が見えました。
最東端の駅は東根室なので違ううたい文句が書いてあります。
気温は16℃と夏にしては随分低いです。寒いくらいでした。
ここで最東端の箸が売っていたので買いまして折り返します。
釧路駅では昨日は暗くてよく見えなかった車輪を見ることができました。
ここでざんぎ丼を購入しましたので新得までの特急の車内で食べました。
豪快なおいしさでした。
根室から新得までは合計で4時間くらいかかりました。北海道はでっかいどう。
バスの中にはアイヌの文化と触れ合えるようなものが記載されていました。
東鹿越からは列車に乗り滝川を目指します。
2時間弱で滝川に到着しました。
⑨函館本線(滝川~深川)
函館本線で20分くらい進み留萌本線が分岐している深川駅まで進みます。
⑩留萌本線(深川~留萌)
留萌本線は昔はもっと長い路線でしたが増毛~留萌までが廃止となりこの短い区間になりました。
東は朝日が早いときまして西は夕日が綺麗ときました。北海道は太陽が綺麗に見えるんですね。
盛大に写真スペースがありました。
この列車で折り返します。
⑪函館本線(深川~白石)
深川からは札幌を目指し函館本線にのりました。途中で特急にも乗ったかと思います。
札幌では再び市街地に出てラーメン屋に行きました。
海老風味の味噌ラーメンでした。北海道は味噌ラーメンがほんとうまいですね。
再び札幌の快活クラブに宿泊しました。
5日目(2019年8月20日)
五日目の行程です。アプリのスクショがなかったので描きました。
すすきのあたりから札幌までの地下道はもう歩きなれましたね。
札幌からは快速列車で南千歳まで行ったところからスタートです。
⑫千歳線(南千歳~沼ノ端)
そこからは普通列車で苫小牧まで行きました。
ここからは日高本線に乗ります。
⑬日高本線(苫小牧~様似)
苫小牧~鵡川までは鉄道が存続しているので乗って行きます。
海沿いをしばらく走りまして乗り継ぎまたしばらく乗り継ぎと繰り返しますと様似につきました。
途中の静内にはサクラユタカオーがいました。
様似も駅舎は残っています。
まだ標識のようなものが残っていました。
様似で折り返し代行バスに乗ります。
寒くなってきたので服を買おうと思い、ちょうど乗り換えで時間があった静内周辺を歩きましたが結局買いませんでした。
プラットフォームは半壊状態でした。
駅前には馬の像がありました。
苫小牧まで折り返したらそこから乗り換えます。
まずは普通列車で1時間くらい進み室蘭まで行きました。
結構眠そうです。外も暗いしまた同じ区間普通列車で折り返すので寝ていたのでしょうか。ここから室蘭本線をずっーと行きます。
普通列車で苫小牧まで戻りました。
その後苫小牧でも普通列車に乗り換えました。
岩見沢で終着です。
立派な馬の像があったと思ったらこれ彫刻なんですか。
ここからは函館本線で札幌まで戻りラーメンを食べます。
今回は有名な店であるすみれです。
もはや札幌ラーメン中毒者のように毎日ラーメンを食べています。
しかし今日で札幌は最後なので悔いを残さないよう一滴残さず食べ干します。
その後は通りなれた道を通って快活クラブへ。
6日目(2019年8月21日)
六日目の行程です。
今日はゆっくり寝てからいつもの道を歩きます。この道をあるくのも当旅行ではこれで最後です。
思えばかなり長いこと札幌に宿泊したなと思いつつ札幌に別れを告げて特急列車に乗り込みます。スーパー北斗です。
東室蘭までは昨日訪れていたのでそこから先が新規乗車区間になりますが特急は昨日とは桁が違うスピードで進みます。大迫力です。長万部からは函館本線になります。砂原線や大沼公園など今度は訪れていみたいなと思いながら函館まで行きます。藤城線にも乗りたかったですが旅程の都合上不可能でした。
函館につきまして観光が始まります。
城は結構好きなので大分長い時間観光しました。
写真スポットもありました。
土方歳三の像がありました。
展望台を降りたらカットメロンを食べるなどしてからハセガワストアに行きました。
焼き鳥弁当で有名なところです。
その後完全に暗くなるまで市電を撮ろうと思いましたがあまりうまくいきませんでした。
しかしこの頃から街並みを一緒に撮れる路面電車の被写体としての魅力を感じ始めました。もともと路面電車の外観あまり好きではなかったのですが、とても良いものなんだなと思い今後は積極的に取り入れてみることにしました。
このバスがまさに職人といった感じで大きな車体でスルスルと峠道を登っていきます。
これが100万ドルの夜景です。人が多すぎてコミコミでした。景色は絶景でしたが写真をちゃんととるには何十分待てばいいかわからなかったので携帯で適当に撮ったものしかありませんでした。もっとも夜景は写真より肉眼で見た方が絶対きれいなので皆さん実際に行ってみてください。さっこの情勢なら人も前よりは少ないでしょうと思われます。
バスで下山しラッキーピエロに行きました。
人気店なだけあり結構待ちました。列車を一本遅らせることになりましたがそれだけの価値がありました。今は店舗が移転したようでもっと便利な場所にあると思います。
ここからは新函館北斗まで列車で行きまして新幹線です。
北海道でこの車両を見ることになるとはなぁ。
いい配色でかっこいいと思います。
ここからは驚くべき速さで北海道新幹線を進み、一気に本州に突入します。
アナウンスでは海底駅の案内などありトンネル区間ながら楽しむことができました。
海底から地上に駆け上りまして新青森駅まで飛ばします。
青森には便利なネットカフェがありますのでそこに宿泊しました。
これにて北海道は終了です。
長くなりましたので本州編は次の記事とします。
北海道東北旅行 前編
今回は第七回目となる旅行を記述するのですが、初の試みとなる途中まで友人とともに普通の旅行をするという形をとっています。帰り道はお互い一人となり友人に寂しい思いをさせてしまうかなと思いましたが、お互い学生だったこともあり時間とお金は貴重だということで了承してもらいました。最長補完計画は第三回目になりまして、かなり進展が大きい回です。当記事ではその友人の呼称をAくんとします。
旅行地の選定と目標
北海道はいずれ行きたいと思っていました。そんなときAくんがディープインパクトを一度この目で見たいから北海道へ行かないかと誘われ決定しました。しかしAくんに一緒に鉄道に長々と乗ってもらうわけにもいかないので途中でお別れするということを決定したうえで旅程を組み始めました。もっともディープインパクトはこの旅行の数日前に亡くなってしまうのですが。駅メモでの目標は東北地方の全駅取得に定めました。帰り際にちょこちょこ寄っていこうという魂胆です。
1日目(2019年8月16日)
一日目の行程です。
往路はAくんと行程を共有するため飛行機です。
今回はLCC乗るために成田空港へ向かいました。
ターミナルさん!?
このときはまだバニラエアが存在しておりそれに乗り込み北の大地を目指しました。
機内でAくんとしたお絵描き合戦の一部を紹介します。
Aくんと共同で合作した作品です。(赤い部分がAくん)
空港から私は後日使う切符を買いまして二人で札幌に向かいました。この区間では毎回車内でネット麻雀を使った牌譜検討をしたのはいい思い出です。その効果もありあっという間に到着。
がっかり観光地として有名な時計台に行きましたが初めて北海道に来た興奮が勝っていてがっかりなど思いませんでした。
出発が昼頃だったので既に暗くなり始めています。
その後海鮮を食べに海鮮屋に行きました。
私はこの後の長い行程を控えていたのでお値段が安めのものを食べました。それでもかなり豪華でうにも食べることができました。
Aくんの方が映えるものを食べていたので載せておきます。
ウニいくら丼です。私もいくらを一口もらいました。いくらはあまり好きではなかったのですが北海道のいくらならいくらでも食べれるぞと言って感じでとても美味しかったです。
その後Aくんは快活クラブに宿泊へ。それを見届けまして私は別行動の時間をいただいていたので鉄道に乗りに行きました。
➁札幌市電山鼻線(すすきの~西四丁目)
札幌の路面電車に乗ります。メロディが印象的で今でも口ずさめます。一周するように遠回りし、西四丁目で乗り換えます。
西四丁目から大通駅まで歩いてい乗り換えます。その後南北線で澄川駅まで行きます。駅メモの関係でここで途中下車して折り返し終点の麻生駅まで向かいました。
札幌の地下鉄は女性専用車という名前ではないんですね。
現在は北海道医療大学より先の区間は廃線となっていましたが当時は残っていました。
日本一早い終電として有名でしたが、私は既存区間ですら終電に近い時間でしたのでそのまま折り返します。
コンコースには縁起がよさそうな置物がありました。
そのまま折り返し札幌まで乗ります。
札幌から地下道をすすきの付近まで歩き、私も遅れて快活クラブに入店しました。
入店時間の関係でAくんとは別の個室になりますが、Aくんはもうすでに寝ていたみたいだったので別部屋でも損はなかったかと思います。
2日目(2019年8月17日)
二日目の移動はこのような感じです。
別々に起きまして無料の朝食を取りに行きました。そこでAくんと合流します。
いつもはこのサービスが始まる前に始発に乗りに行ってしまうので初めて使いました。
まずは札幌駅まで歩き、昨日と同じルートで新千歳空港へ。その後はシャトルバスでノーザンホースパークへと向かいました。
まずは乗馬体験をやっていたので交代で乗りました。
とても落ち着いた馬でした。
その後は現地の馬と触れ合いました。
サラブレッド以外の馬もたくさんいました。
金の馬の像です。
その後は馬術を見ました。
現地の馬術部の人たちなんかも参加していたと思います。
その後はポニーの賞を見てじゃがいもを食べました。
味付けはバターだけでも十分に美味しかったです。
その後は再び千歳線を折り返し次の目的地に向かいます。
⑤函館本線(桑園~塩谷)
札幌を超えて小樽まで乗車しました。
そこで海鮮を食べます。
新鮮なエビです。これはすごい。
私が食べたのはうにバージョンの海鮮丼です。
Aくんはいくらバージョンの海鮮丼を食べていました。
めちゃめちゃ美味しかったです。それなのに安いと本当に驚きました。次も絶対来たいですね。
その後は少し時間をいただきお隣の塩谷駅まで単独で行きました。
これは駅メモの関係上隣まで行く必要がありましたので行きました。復路の電車を撮りました。逆行気味です。
Aくんは小樽の観光をしていたみたいで写真を撮っておいてくれました。
海がきれいです。
クラゲがいたそうです。こんなにはっきり見えるもんなんですね。
るたおの看板です。
その後は函館本線で札幌まで戻りまして、北海道大学のクラーク像を見に行きました。
有名な方の像は羊ヶ丘展望台にあります。
その後北何条かのホテルにチェックインしました。荷物を置いてラーメンを食べに行きました。
札幌らーめん王国に来まして、初めての札幌での味噌ラーメンです。
美味しかったです。体が温まりましたね。
その後は宿に戻り、翌日のレンタカーなどの相談をし就寝しました。
3日目(2019年8月18日)
三日目の行程です。ついに分離を行う日です。そしてこの日は日曜日です。
この日は早めの電車で南千歳へ向かいました。
南千歳ではレンタカーを借りて社台スタリオンステーションを訪問しました。この後の雨予報の影響で馬は数分前に引き上げてしまったみたいです。悲しいですが馬はここに来るまでどの馬がいるかすらわからないので来ないより良かったと思います。テイエムオペラオーの墓に参拝し、Aくんに車を運転してもらい南千歳駅まで戻りました。
南千歳から千歳線で今度は桑園まで行きます。
桑園からはシャトルバスで札幌競馬場へ。
この日はG2札幌記念が行われる日です。
G2の中でも強い馬が集まるレースで札幌競馬場は大盛り上がりです。
今回の予想はこうでした。
私はこの年20歳を迎えたので馬券が買えるようになりました。このときの馬券です。
パドックを建物の上から見ました。
大本命のサングレーザーです。
一番人気のフィエールマンです。
一発狙った馬券を買ったクルーガーです。
ここは勝ちたいブラストワンピース。
馬より先にスタンドに戻り観戦準備をします。
しばらくすると馬が本馬場入場し、聞きなじみのないファンファーレでゲートに入りました。間もなく発走です。
小さい競馬場ですが一周せずにゴールです。
激しいたたきあいの末勝ったのは1番ブラストワンピースです。二着には本命の10番サングレーザーでした。ビギナーズラックもあり馬券は当たりました。配当は21.5倍となり、儲けは1350円でした。なかなか美味しい思いをしましたね。
この後はAくんとともに札幌駅まででた後別れを告げ行程が分離されました。
私はここから道東の街釧路を目指します。
スーパーおおぞらです。いかにも速そう。
車内では札幌駅で買っておいたかにめしをたべました。
駅弁でかにめしを食えるなんて結構贅沢ですね。
4時間以上かかり釧路に到着しました。
ここからは快活クラブまで歩いて向かいました。
長いので一旦切ろうと思います。続きは次の記事です。
神戸市北陸旅行 後半
北陸旅行の続きを記述していきます。
3日目(2019年3月22日)
三日目の行程です。
この日は少し寝坊から始まりました。最寄り駅まで走ります。この寝坊で今後の防止策を設けることになりました。
⑲富山地方鉄道不二越線、本線(大泉~稲荷町~宇奈月温泉)
稲荷町で乗換ミスをかまし臨時に組み立てた行程で宇奈月温泉に先に行くことになりました。
駅舎に足湯がありましたが雨が降っていたたため入りませんでした。
宇奈月温泉では旅程挽回のためすぐに特急に乗り換えます。
うなづき2号です。
宇奈月温泉駅で買ったガソリンとご飯です。
この電車で立山まで来ました。
古そうな駅舎です。雨とともに寂しげな雰囲気を醸し出していました。
同じ電車で折り返して電鉄富山駅まで進みます。
雪が残っている景色を見れました。
電鉄富山では急ぎつつJRの富山駅まで歩きました。この区間は路面電車より歩いた方が圧倒的に早いです。
㉒高山本線(富山~高山)
遅れを取り戻すためにワイドビューひだで高山まで飛びました。
ここからはバスに乗り換えます。
この辺は携帯カメラともども充電が少なくなってきていたので写真が少ないです。
濃飛バスの名古屋~高山線に乗り込みまして、駅メモで長良川鉄道を取得しまして名古屋バスセンターで下車しました。バスは30分ほど遅延していましたので今後の予定を変更しました。
先に東海道本線の支線に乗りに行きました。
既に結構暗くなってますね。美濃赤坂では駅構内を見学し折り返しまして大垣で下車しました。
バスの遅れにより樽見鉄道の列車との接続に1時間ほどあったので、大垣のイオンモールに行きスガキヤのラーメンを食べました。
味噌ラーメンにしました。
樽見鉄道のフリー切符を買いたかったのですが窓口が閉まっていたので普通の運賃で乗ることにしました。
ご飯食べたばっかなのに結構疲れた顔をしていました。
来た列車でで折り返しました。
この後は宿を変更し再び長浜で夜を超すことといたしました。東海道本線と北陸本線により向かい同じ快活クラブへ泊りました。
4日目(2019年3月23日)
四日目の行程です。本日は昔からいつかやりたいと思っていた行程があります。
寝坊対策として打ち出された方針はねるべくネットカフェに泊まることです。ネットカフェは眠りの環境的に寝坊しにくい気がします。ネットカフェは充電も充実するのでよい方針です。
今回は余裕をもって歩いて長浜駅につきまして、新快速に乗ります。
新快速のおかげでこの辺りの移動時間は距離に比べ圧倒的に短く、周遊するのにも非常に都合がいいです。
神戸で各駅停車に乗り換え兵庫で下車しました。
走ルンですに乗ってきました。
ここからは地下鉄に乗り換え三宮へ行きます。
乗換が忙しく写真がなかったです。
㉖神戸ポートアイランド線(三宮~市民広場)
神戸空港行きの電車に乗りまして市民広場で下車します。高いところを走っていて神戸の街が結構見えました。
㉗神戸ポートアイランド線(市民広場~三宮)
市民広場でぐるっと方向を変え三宮に戻る電車に乗えり変えました。
行きとは違うルートを走りました。ここは一方通行の環状線のような様相を呈しています。本線との分岐がすごい傾斜とカーブで新交通システムってすごいなと思いました。
そこからは再び東海道本線に戻り新快速で加古川まで行きました。
そこからは1日目に乗った加古川線に逆側から乗車。
㉘神戸電鉄粟生線、有馬線、三田線(粟生~鈴蘭台~有馬口~三田)
一応準大手私鉄に分類されている神戸電鉄ですがそれにしては田舎すぎる雰囲気。
保線状況も大手私鉄と比べると劣っているかなと感じました。線形の問題かもしれませんが。準急で鈴蘭台まで行きます。
ここの三田みたではなくさんだです。東京の人は馴染みない読み方ですね。
乗った列車はまたもや準急でした。有馬口からは直通で三田まで運んでくれました。
㉙福知山線(三田~宝塚)
宝塚線と呼ばれている区間で、二つ名がついていることは路線の印象を変えるためなんだろうなとか考えているとすぐに宝塚駅です。
どうしても人が多い駅では写真を撮ることが億劫になってしまいます。
阪急からは今津線に乗り西宮を目指します。これから紹介するアニメで北口駅と呼ばれていたところです。
これから「涼宮ハルヒの憂鬱」シリーズの聖地巡礼をします。この作品は私が中学生のころたまたま図書室にあったライトノベルを読んで影響された作品です。かなり有名でしたので名前は知っていたのですが、実際に作品に触れたのはこの時が初めてでした。そして高校生になって再びそのシリーズである「涼宮ハルヒの消失」という映画を見て、サブヒロインの行動に心を動かされたことを覚えています。大学生になりそのサブヒロインをメインで描いたスピンオフ作品「長門有希ちゃんの消失」にはその情景描写がとても心に響きました。そのシリーズの舞台になっている場所は西宮を中心に広がっています。
作中でも登場した時計台です。実際には改築されたそのままの風景ではありませんが、ヒロインのキャラクターの飛び出し坊や看板がありました。
歩いてこの作中の部で会議を多数行ったカフェに行きました。
ここにもその作品の飛び出し坊やがありました。
おなかが空いていたのでフレンチトースト付きのメニューを食べました。
一般のお客さんが多くいたので迷惑にならないよう控えめに写真を撮りました。
このカフェはこの作品をアニメ化した際物議をかもした「エンドレスエイト」編で何度も登場する場所であります。アニメを見たことあがある方は店内を見たとき鮮明に記憶だけでもアニメとの比較ができるのではないでしょうか。
その後歩きまして兵庫県立西宮北高校を目指しました。作中で北高といわれている学校です。
かなり歩きまして途中の甲陽園駅です。
ここからは作中でも登山と揶揄されている通学ルートと同じ道を辿ります。
ここからが本番です。
傾斜がすごく後ろを振り向くと街並みが一望できます。
されに進みまして途中で甲陽学院高校を通ります。
作中でライバルに進学校とされており、こちらの方が立地がよく上位の高校とされることが多いです。
実際訪れてみるとこの立地の差は歴然としており、格の違いを見せつけれらました。
門だけなら写真を撮っても大丈夫かなと人がいないことを確認してから撮りました。
その後数分山を登るとやっとのことで北高につきました。
表門の写真は校舎の窓が映っていたため裏門の写真を載せておきます。
土曜日で人が少なそうな時間を狙いましたが、大勢の巡礼者が好き勝手に学校の写真を撮ると問題になるので考慮する必要があります。
毎日この通学路を通るとなると気が滅入りそうだなと考えながら折り返しました。下りは幾分楽かなと思いましたが長い距離歩くことには変わりなく結構大変でした。実際に通っている方々はお疲れ様です。途中巡礼者と思われる方とすれちがいまして甲陽園駅に戻ってきました。
汗だくだくでしたが電車の中は温度がちょうどよく快適でした。
夙川駅から川沿いをとおり西宮市立中央図書館を目指します。
消失の別編で重要な要素となる本を借りることになった場所がこの中央図書館でした。
この図書館は作中でも数回出てきまして印象的な場所です。
文化センターとして一体的な建物となっています。
その後スピンオフ作品にてヒロインが自分の中のもう一人の自分と別れを告げる場面が描かれた川沿いのベンチを見ます。ここで作中に流れていたドビュッシーの「夢」という曲を聴きまして作品に思いを馳せます。この曲は昔から私が好きだった曲であり、この場面に使われたことにより私にとってさらに印象的な曲となりました。
このシリーズのアニメでは効果的な場面でクラシックが流れることが多く「ジムノペディ」などサティの楽曲に多く触れるきっかけにもなりました。
この地で聖地巡礼を終えました。このような聖地巡礼をしたということは見方によっては恥ずかしいことだなと私は思うことがありますが、作品と合わせて一つの思い出として記憶にしまっておこうと思いました。
㉜阪神本線(西宮~元町)
香櫨園駅からはラーメンを食べるためにまず西ノ宮駅に行きました。
昔ラジオでもっこすがうまいということを聞いていたのでもっこす西宮店に訪問。
独特の味でおいしかったです。
西ノ宮駅にもどり神戸の市街まで一気に進みます。
㉝神戸高速鉄道東西線(元町~新開地~神戸三宮)
その後阪急の電車で新開地にて一回改札を出た後、大阪方面を目指し再び阪急の電車です。
㉞阪急神戸本線(神戸三宮~大阪梅田)
阪急の特急にて大阪まで行きます。
高架からの神戸市街の風景は結構印象的でした。
梅田からJRに乗り換えて恒例の新快速です。
途中米原、大垣と乗り換え、名古屋が本日の宿泊地になります。
名古屋駅からは快活クラブの名古屋栄店まで歩きました。結構な距離でしたが快適でした。
5日目(2019年3月24日)
五日目の行程です。この日は日曜日でしたがこの日程にした理由がこの日にあります。
まずは名古屋駅まで歩きます。
始発で空港まで行きます。その後新しめの空港であるセントレアを見物し折り返します。
河和まで特急で急いだのち少し駅舎など見学し折り返します。
金山駅では地下鉄に乗り換えます。
ここからは愛知県全駅取得を目指し乗って行きます。
古めの赤い電車に乗り梅坪で乗り換えました。
この後のことで頭がいっぱいだったのであんまり覚えていませんね。
吉良吉田って人の名前見たいです。
この一連の名鉄の間どこかで写真を撮りました。
鉄仮面です。
特急の岐阜行きを撮れました。
そうです。ことしも競馬を見に中京競馬場にやってきました。毎年の恒例となりそうです。
この日も去年に続きG1高松宮記念のレースが開催されます。
今年は味噌カツときしめんを食べ名物を満喫しました。値段も安かったです。
これが私の予想です。
白馬につれられて本馬場入場。
本命は15番のモズスーパーフレアでした。
スムーズにゲートインしていよいよ発走です。
日本国旗がたなびく中馬が走っていきます。
半周して最後の直線が来ました。本命は前目の競馬です。
頑張ってくれ~!
結果は3番ミスターメロディが差し切り優勝。モズスーパーフレアは馬群に沈みました。しかしレースを引っ張る走りで頑張ってくれたと思います!
その後は颯爽と競馬場駅へ戻りまして引き続き名鉄です。
特急で一気に豊橋まで進みました。名鉄の豊橋周辺はJRから間借りしている線路があったりとなかなか面白い区間です。その関係で終端部は単線になり速度が落ちます。
老津でアイテムを使用し愛知県を全駅取得を完了したので折り返します。
すごくすがすがしい表情で皆さんにも見せたいくらいですがやめておきます。
ここからは豊橋駅に戻り終電の東海道本線で東京へと戻りました。
以上で今回の旅行は終了となります。
まとめ
今回の成果は以下の通りです。
福知山線(福知山~谷川)(三田~宝塚)
高山本線(富山~高山)
以上になります。次回の旅行もご期待ください。ありがとうございました。
神戸市北陸旅行 前半
第六回目となる大型旅行の紹介です。最長補完計画第二回です。
旅行地の選定と目標
最長補完計画に基づき北陸地方が旅行地に選定されました。駅メモでは石川県、富山県が取得の対象です。それだけでは物足りなかったので、愛知県と神戸市の攻略も目標として定めました。
1日目(2019年3月20日)
日付が変わる前に小田急で小田原まで出まして一日目のスタートとなります。
お待たせしました。いつものこいつです。もうお決まりとなりましたムーンライトながらです。これで大垣まで行きまして東海道本線に間髪入れず乗り換え米原まで行きます。
①東海道本線(高槻~姫路)
米原からは新快速で一気に姫路までぶっ飛ばします。もう新快速の速いこと。
姫路駅構内で有名な蕎麦屋で蕎麦を食べました。
姫路で播但線に乗り換え山陰を目指します。
この走ルンですに乗って寺前行きに乗りそこで始発の電車にのり和田山まで行きます。
寺前という駅名めちゃくちゃ安直じゃないすかね。
国鉄形式の車両も見ることができました。
和田山は結構面白いところでしたね。
その後は山陰本線にのって豊岡まで行きます。
豊岡で止まっているサンダーバードを撮ることができました。
その後京都丹後鉄道に乗り換え西へ進みます。
山をバックにぼちぼち良い映りだなと思います。
途中の天橋立駅で下車し天橋立を見に行きます。ビューランドのある山に登るためロープウェイに乗ります。上ると早速テレビで見るような景色がお出迎えです。
私も又覗きをやってみました。多くの人が又覗きをしていて傍から見ると奇妙な光景ですね。有料ですが写真を撮ってもらえるサービスがあったので撮ってもらいました。
ビューランドの中でも高い位置にあるレストランで帆立丼を食べました。
漬物もありまして結構おいしかったです。ロープウェイで下山し周辺の町を散策します。どこかのお土産屋さんで自転車を借りて実際に天橋立まで行きました。
天橋立は中を通れるようになっているので自転車で疾走しました。左右に海があるので結構不思議な感じでした。橋みたいだけどもそれにしては低すぎるし海が左右に分かれて道を作っているようにも見えてきます。
渡りきったところで記念写真を撮り折り返しました。
帰ってくる途中でさっきのビューランドが見えました。
自転車を返却してそのお土産屋さんで買い物するなどかなり時間を使って満喫できました。
その後は駅に戻り再び西に進みました。
西舞鶴ではJRに乗り換えます。
西舞鶴からは福知山行きの列車で直接福知山に行くことができました。
⑦福知山線(福知山~谷川)
加古川線に乗るために谷川で下車します。
加古川線に乗り通すことができました。暗かったからか写真がないのが残念です。
その後は新快速で一気に米原まで戻り、そのまま直通して琵琶湖沿いの街である長浜まで行きました。
恒例の自撮りですが結構ご機嫌な顔でした。
快活クラブまで30分ほど歩きこの日は終了です。かなり満喫できた一日だったんじゃないでしょうか。
2日目(2019年3月21日)
二日目の行程です。
早朝またもや長浜駅まで走りました。走ることが割と多い気がします。
⑩北陸本線(長浜~福井)
ガソリンを注入。
途中の北鯖江ではバスによって急いで駅メモのために西へ移動。途中のコンビニにタクシーを配車し折り返し急いでもどりました。それだけした甲斐があり廃線区間を取得することができました。予定通り後続列車の乗り込むことができました。
この区間は岐阜県の美濃太田から延びる越美南線と最終的に結ばれる予定で建設された区間です。岐阜県を縦断する鉄道として南北両方から建設を進めましたが、途中勾配や湖の関係で工事の難所に突き当たってしまい建設は一時中断されます。そうこうしているうちに国鉄は徐々に衰退していき結局建設は中止されました。北の区間は九頭竜湖線、南の区間は長良川鉄道として移管されて現在は営業されています。
九頭竜湖の駅舎です。
この先建設する予定だった区間です。険しそうな山が聳え立っています。
九頭竜湖から流れ出る九頭竜川など眺めながら福井まで折り返しました。
雨の中を疾走するサンダーバードです。怖くてこの辺でホームのより内側に避難しました。
⑫北陸本線(福井~金沢)
サンダーバードに乗ってもよかったのですが時間があったので普通電車で金沢まで行きます。
えちぜん鉄道が並走する区間では新幹線の高架線を間借りして走るという珍しい光景が見られたらしいですがこの頃は終わっていたと思います。次はえちぜん鉄道もしっかり見てみたいですね。
金沢駅では時間があったので魅力を感じているサンダーバードの写真を撮りました。
曇っていましたがギリギリフレームに収まってくれました。
次は観光目的で金沢を訪れたいと思います。
優雅に海なんかを眺めながら弁当を食べました。
選ばれたのは綾鷹でした。とふざけながらも列車は進んでいきました。
この後乗り継ぐつもりのバスが出るバス停は駅から離れていたのです。乗り継ぎ時間は12分しかないのにgooglemapで見たところ所要時間は25分でした。普段からgooglemapの所要時間は早歩きで丁度良いと感じていたのでこれを見た瞬間絶望しました。しかしやるしかありません。全力ダッシュでバス停に向かいました。実際体力次第では間に合うことも十分に考えられ試してみる価値はありました。
10分ほどはしり希望が見えてきたかと思った矢先、おそらく乗るはずだったバスが一本となりの通りを走っていくところが見えました。追いかけましたが時すでに遅し。手を振ったとしてもこちらの姿はもう見えなくなっていたでしょう。これにて旅程の崩壊が決定しました。全力疾走の疲労によりその場で壁に倒れこんでしまいました。それにより思考能力がかなり落ちていて、旅程の大きな崩壊を始めて経験したのでパニックになってしまい涙を流し、しばらく茫然としていました。
徐々に酸素が体にいきわたり始めたなと感じたとき、目の前に交番があることに気づきます。朦朧とする思考で交番に駆け込み目的地である氷見に向かうバスはないかと尋ねましたが、ないとの回答をいただきました。こんなことで御用をかけてしまい大変申し訳なかったですが、警察の方は二人駐在していたみたいだったので業務を大きくお邪魔することはなかったんじゃないかと思います。もっと楽観的にとらえればよかったのですが何せまだ未熟だったもので、タクシーに頼ることになりました。和倉温泉から氷見はタクシーで行くにはかなり長い距離であり予算がほとんど飛ぶことを覚悟しなければなりませんでした。
タクシーに乗った際、元の旅程に復帰できるか吟味を行いました。タクシーが来まして運転手の方に聞いたところ、超ギリギリでもしかしたらダメかもしれないとのご回答をいただきました。正常に判断を下すことがまだ困難だったなかで押すべきだと判断しまして、氷見までお頼みしました。その運転手の方は本当に良い方で車内で不安そうな私を見て石川や富山の話をしてくれたり、見える景色の案内をしてくれたり、再び涙を流しそうになるくらい親切にしていただきました。
写真はないのですが夕日でオレンジに染まった空と富山湾の景色はとても綺麗で、状況も相まってこの世に神はいたと思わざるを得ませんでした。そして氷見につく直前で想定された運賃とメーターが全然違うことに気づきます。尋ねたところ見るに見かねた運転手さんが負けてくれるということでメーターを切っていたみたいです。それを聞いて再び涙を流しました。
そして無事に氷見駅に間に合いそうだという頃、運転手さんはトイレに行きたいと言い出しました。本当にトイレに行きたいわけではなく、振り返らず駅に一直線に走れというメッセージだと受け取りました。車内で感謝の意を精いっぱい伝えると、車を降りた瞬間からは次の目的地に向かって前を向き走り出しました。
⑭氷見線(氷見~高岡)
今思えば楽観的にそこで一泊するぐらいの気持ちで旅行すればよかったなとは思いますが、これも一生忘れないくらいの旅行の思い出の一つになったかなとも思います。
余韻の興奮がだんだん収まりつつある頃、車内でもう沈みつつある夕日を撮りました。
旅程に復帰できたのでここからは予定通りJRに乗り続けます。
ポップのラッピングをされていました。城端ではすぐに折り返し高岡に戻ります。
城端の駅舎です。
⑯あいの風とやま鉄道
泊で乗り換え富山まで乗りました。意外と旅程に余裕があったんだなと気づき、気が動転していたことが先ほどの事件を引き起こした原因として大きかったのだなと考えました。
富山から一周するように電鉄富山まで行きました。このころは南北路面電車は分断されていて工事中でした。
ここで明日使う富山地方鉄道の切符を買っておきました。
この路面電車にもう一度撮りに訪れたいですね。
暗い街並みを行くとすぐ南富山です。路面電車に乗ったことは今回が初であったと思います。
南富山からは無料休憩室があるスーパー銭湯へと歩きました。
そこの食堂がまだ空いていたので夜ご飯を食べることができました。
タクシーの運転手さんが話していた刺身を注文しました。多少奮発しましたが、東京で同じものを食べるにはもっとお金がかかるだろうなと思いよい使い方だったなと思います。
ゆっくり風呂に入って休みました。
すでに長くなっているので続きは後編にしたいと思います。
東北旅行 後半
東北旅行の続きです。
3日目(2018年8月22日)
三日目の行程です。スクショでは足りなかったので補足しました。
早朝盛岡まで歩き列車に乗ります。
まだ薄暗いうえに霧もかかっていたので景色はあまり見えませんでしたが、山を上り下りしている感じはしました。
この車両はガラガラでした。この路線は十和田八幡平四季彩ラインという愛称がありますが長いのであまり浸透していないと思われます。
大館駅では駅構内にハチ公神社がありました。
⑪奥羽本線(大館~秋田)
このあと奥羽本線に乗りまず追分駅まで進みました。
追分駅でも自撮りのみでした。
ここからは男鹿線に乗り男鹿を目指します。
⑫男鹿線(追分~男鹿)
男鹿駅は最近場所を変えてみたいで新しい駅舎でした。
地域物産展併設のレストランでちょっと高めのメンチカツカレーを食べました。とてもおいしく一瞬で食べ終わってしまいました。
その後は地域物産展でお土産を結構買いまして駅に戻りました。
観光地としての雰囲気がすごくよく、時間があるとき再び男鹿半島を訪れてみたいとこのとき既に感じていました。
この後折り返し男鹿線で追分まで戻り直通して秋田まで進みました。
秋田駅ではこのようなメッセージが随所に描かれていました。
これは前日に高校野球大会で秋田県の県立高校が準優勝したことで設置されたものです。私も列車の中で携帯でラジオ中継を聞いていました。決勝戦は常連の私立高校に挑む県立高校という構図がさながらアニメのようだと話題になり私も注目していました。私はたまたま準決勝の試合も聞いていたのですが、一人のエース投手を中心とした守り布陣で毎回接戦になりますので応援したくなるものでした。決勝戦では相手校にたくさんヒットを打たれる形になってしまい、この大会では初めての惨敗で準優勝となりました。しかしそれもまた何かの物語を読んでいるような展開ではないでしょうか。このタイミングで秋田駅を訪れることで物語を間近で見ることができたなと嬉しくなりました。
秋田からは本日の大目玉であるリゾートしらかみ号にのります。
リゾートしらかみは代表的な観光列車の中に名をあげることが多く、非常に有名な列車です。
今回は青池編成と呼ばれるハイブリッド気動車に乗ります。
車内ではこのようなパンフレットが配られました。
深浦駅では列車交換の間散策できました。
空と海の色が同じなんじゃないかと思うくらいに澄んだ青でした。これは素晴らしい。
千畳敷駅では長時間停車があり途中下車できる仕組みになっています。このような仕組みがあるおかげでリゾートしらかみは観光列車として有名になりました。
大昔の地震で地面が隆起した結果このような石を敷き詰めたような海岸が出来上がったとされ、昔それを珍しがったお殿様が千畳畳を敷かせ宴会を開いたという逸話から千畳敷という名がついたとされています。
とても珍しいものだと思いますので貴重な経験でした。
この後は暮れる夕日と白神山地を眺めながら奥羽本線に入り弘前駅まで進みます。
弘前駅でスイッチバックしますが引き続きこの列車で青森まで運んでくれます。
青森駅のベイブリッジは象徴的な現像物です。結構綺麗でテーマパークに来たような雰囲気すら感じさせました。海岸沿いにテラスがある飲食店がそれをより一層際立てていました。ここの物産展でりんごジャムを買いましてまだ鉄道に乗ります。
⑭青い森鉄道(青森~野辺地)
この区間はこの先にJRと接続しないJR路線があるため特例として野辺地以外の駅で途中下車しない場合に限り18切符利用が認められている区間です。もう真っ暗ですが結構スピードを出して列車は進んでくれました。
野辺地駅では大々的に日本最古の鉄道防雪林が現れました。
⑮大湊線(野辺地~大湊)
この列車で本日の目的地である大湊駅まで行きます。
車内が空いていたのでここで青森駅でかった弁当を食べました。海鮮好きなのでかなり堪能できました。
大湊駅は真っ暗でした。大湊駅からかなり歩きカラオケ店ビッグエコーを目指しました。一時間以上歩いた気がします。実は下北駅の方が目的地は近かったのですがこの地に未乗区間を残すわけにはいかないので頑張って歩きました。
歩いていてふと空を見ると星がここぞとばかりに輝いていて結構きれいでした。写真に写すことはかないませんでしたが、宿泊地までの長距離徒歩移動にも少し慣れてきたかなと考えながら歩きやっとの思いで到着し休憩しました。
4日目(2018年8月23日)
四日目の行程です。
ビッグエコーは3時閉店でしたので少し休んだところでまた歩くことになりました。休んでいた時間より歩いて時間の方が多いんじゃないかと考えながら、人通りの全くないまだ完全に夜のむつ市を歩きました。
長時間歩いたものの、駅に着いてからまだまだ時間があったので日が昇ることを今か今かと待っていました。やっとのことで駅舎の写真が撮れました。帰りは近い下北駅からの乗車となります。
暁の太陽です。
やっときた列車の中でガソリンを注入。
その後野辺地駅でまた青い森鉄道に乗り換え、今度は八戸の方に進みます。
八戸からは東北新幹線で盛岡までひとっとびです。
⑯釜石線(花巻~釜石)
盛岡からは盛岡始発の釜石線直通列車に乗ります。快速はまゆり号です。
二度目の三陸方面への訪問が始まります。
遠野を過ぎて車内が空き始めたら盛岡で買った駅弁を食べました。青天の霹靂を使っていて曲げわっぱに入っていたので青森県の駅弁だったことは当時は気づきませんでした。結構旅行してきたのに列車以外は何も知らなかったので勿体なかったなぁとも感じております。
釜石では地下道を通り三陸鉄道に乗り換えます。
途中景色のために速度を遅くしてくれるなどのサービスがあり、次は通しで乗ってみたいなぁと感じました。
この時もまだ南リアス線として南北分断されていましたね。
ここからは旧山田線と同じルートをたどるバスで宮古駅を目指します。
代行バスという扱いではなかった気がします。最もその後この区間をJRは復旧断念するわかですから代行もしないというわけです。旧山田線は後に三陸鉄道として復旧し南北のリアス線を繋げることになります。
バスを乗り換えて宮古に到着しました。
宝くじ号とある列車に乗りまして岩泉小本まで行きます。前回の訪問時より町が賑わっている気がします。住宅地なんかもできていて復興を感じました。
岩泉小本では三陸と同様の理由で折り返します。
トンネルを出た後の窓の曇りスポットがあり面白かったです。
⑲山田線(川内~盛岡)
宮古からは前回の訪問時不通になっていて乗れなかった山田線に乗ります。
この区間はJRの山田線として現在も運行されています。
盛岡からは東北本線で一ノ関を目指しました。
一ノ関はポケモン列車を運行している大船渡線の終点でもありますのでポケモン一色に染まっていました。
私もポケモン列車に乗りたかったですが時間が合わず断念しました。
ここまでされると次回は必ず乗りたいと思ったものです。
一ノ関では恒例のラーメン屋へ
その後はネットカフェに行くのですが一ノ関駅前には立地の便利な自由区間というネットカフェがありますのでそちらに宿泊しました。と思ってたら30分以上は歩いたみたいですが、ほかの事例と比べたら便利な方でしょう。
5日目(2018年8月24日)
五日目の行程です。
駅名表にもかわいいピカチュウがたくさんいました。
と思ったら列車の側面にもかわいらしいドラゴンがいました。
この列車で気仙沼まで進みます。
この大船渡線が真っすぐ気仙沼駅に向かわず逆Uの字型のように迂回して走るのには理由があります。政治的な介入により路線を曲げられた事例の典型として有名で、我田引鉄とも呼ばれています。並走する国道は真っすぐ向かっています。
この大船渡線は東日本大震災で被災した路線の一つですが気仙沼までは鉄道として復旧してくれました。逆にそれから先の区間は海沿いの区間であることもあり復旧が断念されました。
ピカチュウ列車に乗らずとも十分にポケモンと触れ合えた気がしました。
BRT乗り場の手前には隣の駅が書いていない駅名表がありました。
気仙沼から出る気仙沼線と大船渡線は東日本大震災によって線路を大きく損失してしまったため、一部区間で鉄道での復活をあきらめ、BRT(バス高速輸送システム)による代行輸送の形態により地域輸送を続けることになりました。これは鉄道の跡地を使った専用路を設けて高速化を図っているものの、純然たるバスでありまして鉄道ではありません。それでも鉄道の代行輸送という形をとっていたので切符は販売していましたが、つい最近それも終了しました。気仙沼が鉄道の終点の地に変わったことを痛感させました駅名表です。
休む暇なく大船渡線のバスに乗り込みます。
急いでいたのでしっかり取れませんでしたが、特徴的なバスです。結構な速さで走りましたが鉄道には劣ります。それでもコストなど様々な観点からは鉄道より相応しい交通手段として考えられています。
次はピカチュウにお出迎えされました。
町はもっと海沿いの方にあるのかレストランのようなものは見当たりませんでした。
ここから気仙沼線のバスに乗って海岸沿いを進みます。当時はまだ鉄道法に基づく営業許可が残っていたので一応区間として掲載しておきます。
バスは基本的に専用路を走りますが、ちょくちょく専用路を外れ病院や地域の施設などに寄ってくれます。BRTもなかなか便利そうだなと考えながら復興途中の街並みを眺めていました。
柳津駅からは鉄道が残っているので乗り換えます。
しばらく田んぼのような風景を進むとすぐ前谷地につきました。
バスも前谷地まで来ることがあるそうで特徴的なバス停が設置されていました。屋根がついていたりとバス停にしてはかなり豪華です。
前谷地からは石巻線で小牛田に向かいました。
久しぶりに蕎麦食べましたが蕎麦ってこんなにおいしかったけ?と驚かされました。いつも支那蕎麦ばかり食べているものですから。
㉓石巻線(小牛田~女川)
小牛田から折り返して石巻線を乗り通します。
奥の細道と書かれている列車に乗りました。
曇っていて暗かったですが工事している海岸を眺めました。
この路線は復興の一環として、途中分岐して東北本線へとつながる仙石東北ラインなる渡線を新しく敷設しました。それに乗って行きたかったのですが、仙石線には仙台から一つとなりのあおば通という駅があります。仙石東北ラインで途中から東北本線に乗った場合、仙石線のその先の区間から仙台までと仙台からのあおば通の二区間に渡り未乗区間ができてしまうと考えました。それを踏まえ今回は仙石線をあおば通まで乗り通すことにしました。最もただの線路と線路を移動するための渡線を一つの路線とすることはあまりなく、その部分を未乗区間とカウントすることはあまりないので迷う必要はなかったわけですが。
その後は地上へと出て仙台駅へ向かいました。前回行ったタイトーステーションがありましたが今回は寄りませんでした。
㉕東北本線(仙台~赤羽)
字面だけ見ると一撃でこれです。実際はかなりの時間を要しているのですが、なんだか感覚がマヒしますね。
前回と同じく赤羽で埼京線に乗り換え新宿に到着しました。
ちょっと東北本線にうんざりしていた部分もあり、車内でずっと内職をしていたので写真はありませんでした。
まとめ
今回はかなり長い旅行となりましたのでたくさんの成果があります。
山田線
以上です。
ついに最長補完計画が始まり計画的な乗車が増えてきました。
グルメのシーンも増えてきて旅行の水準が高まった気がしますので、次の旅行にもご期待ください。